johndoeのブログ
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第4章学生の物語

 

 「東、冬休みはどうする?」

 「ああ、ワリーな、俺は憧れのトルコ旅行。しかも2週間ホテル食事付きでまったくのタダ。ありえない懸賞に当たってしまったわけよ。」

 浮かれるのも無理はない、学生の中でも、とりわけお金のない部類に入る東がモニター企画として企画された旅行体験プログラムに当選していた。

 Eトランスレーションが主流になってから、やはりこの気味の悪い旅行形態に抵抗のある人間も多数存在し、日帰り可能になったおかげで需要が伸びたビジネスユースや、一部のヘビーユーザーのおかげで旅行業界の規模自体は成長しているが、純粋な旅行人数は減少していた。

またトルコは全世界的に見ても旅行する人の割合がまだまだ高くない地方であったから、Eトランスレーションもまだインフラが整っておらず、この時期やっと開設にこぎつけていた。

今までは従来の移動手段に頼っていた地域だけに、これを機会にキャンペーンを張ろうと、Eトランスレーションや代理店をはじめとした日本側の思惑と、トルコ政府の思惑が一致して、大々的なキャンペーンとなっていた。

 

そこで代理店とEトランスレーション社では、とにかくこの先入観を取り除き、旅行客の母数を増やすべく、こういう時間のとりやすい層である、学生やシニア層を狙ってモニターキャンペーンを実施していた。

規模としては毎月数百人が当選するが、とはいえ各個人が当たる確率は低いものであり、東は幸運だった。しかも、時期的に冬休みとちょうどかぶるこの時期は、学生といえどサボりをせず、堂々と旅行できるわけだから時期的にも幸運だったのだ。

もっともこういったプログラムではいい旅行体験をしなければいけない宿命があるから、行き先などはあらかじめ決められているものが多く、また、完全に演出されていた。

今回もそのお決まりにはもれてはいないが、たいていの場合、旅行者はいい気分で帰れるのであるから、タダである以上、断る理由もなかった。ただし、今回は未整備区間の残るトルコということもあり、一部飛行機での移動が伴っていることがいつもと違う点だった。

代理店の説明では、今となってはなかなか体験できない飛行機旅行を体験できるのであるから、スカイダイビングやスキューバダイビングのように、むしろポジティブなオプションとして説明をしていたし、東もあまり考えることをせず、そんなものかと思っていた。

 





東は父が一昨年他界し、母と2人で暮らしている学生であった。

学費を払うのもちょっとつらく、結局バイト代はほとんど学費に消えてしまう苦学生であったが、その容姿が、いわゆる美男子であったがために、遊ぶお金も相手も、それほど困らないでいた。

東自身も驕っているというほどではなかったが、自分のこの容姿にはそれなりの自信と意識があったため、この状況を甘受していた。

2週間以上もバイトを休むのは来春の学費支払いに多少響きはするが、春休み中に深夜の日雇いバイトを増やすなどすればそれほど障害になることもなく、むしろ自力で旅行などほとんど不可能な状態であったから、このチャンスは逃せないものだった。

一人暮らしではないがそれほど家族のしがらみもなく、こんな状態であったから2週間空けたところでステディーな彼女からお小言を食らうこともなく、いつもと違った年末年始を向かえる予定だった。

 

 

第3章出発

「昨日は眠れなかったな。」

ちょっと頭の痛い朝を正二は迎えていた。害はないといっても、前日は寝ておかないといけない規則になっている。

何でも、頭の回転が鈍いとデータの吸出しが思わしくないようだ。体にもそれなりの負担をかけるらしい。

もっとも否応なしに行かなくてはならない出張だから、こんな理由で取りやめになることはないが、いわゆる個人的な旅行では負担を避けるためドクターストップがかかることもあるらしい。
健康上の理由だから航空運賃がフイになるような実費の実害はないが、それでも興ざめしてしまう事態になるだろう。


特にあそこにいる新婚さんなど、そんなことになったら気の毒だな。

都内にある待合室のロビーで、新聞を広げながら、正二は近くにいるお客を見つめていた。

待合室ロビーは旅の出発感を演出するため、あえて海沿いにガラス張りの空港風の建物をあつらえている。

出入りする人間も多ければ数万人レベルになるから、出発のアナウンスや人々の行きかうその喧騒も、それなりに臨場感を出している。

もっとも中に入ってしまえば、どちらかというと「でっかいビルの中にある病院」みたいなイメージに近いのだが、せめて入り口と待合席ぐらいはそういった演出も悪くないものだ。


「性犯罪の増加傾向」
「個体認識の認知まだ低く、倫理感よりも欲情が上回る」

ふと新聞記事に目を戻すと、海外情報には近頃のお決まりのフレーズが見て取れる。Eトランスレーションのもたらした、ひとつの大きな社会問題だ。

旅の恥はかき捨てとでも思っているのか、はたまた足はつかないと思っているのか、海外に行って借り物の体で、現地で破目をはずす人が後を絶たない。

風俗店に行くのならまだしも、平気で人を襲う人が増えている。しかも、これは男性のみの現象ではない。女性にしても、変身願望の高まりなのか、逆強姦がしばしば見られるのだ。

そういえば、Eトランスレーション導入時期にとった、とあるアンケートで、それぞれ異性への変身願望を聞いたことがあった。

その結果といえば男女とも割合高い数字が挙がっていたように思う。また、女性については変身後、こういった男性的な欲求も高い割合にあったように記憶している。願望だけなら露知らず、実際男の体にはそれなりのホルモンが流れているし、頭も男の脳になっている。

ホルモンシャワーを浴びた男(おんな)の脳は、たとえ理性(なかみ)が女でできていても耐えられないことだろう。潜在的にはこういった願望があるようだから、体が違えばタガが外れてしまうのかもしれない。

(テクノロジーを操っていても所詮、人間も動物なのだ。なぁ、ダーウィンよ・・・。)

こういった一通りの調査を経て、当初疑似体験プランのオプションとして考えられていた男女の異性間の入れ替えや、別年代への転換はレギュレーション上禁止されている。
また、性犯罪についてもこんなことをしたらすぐに見つかるようにはできている。

個体を示す印、遺伝情報みたいなものは旅行者と緋も付く仕掛けになっている。

だからDNA鑑定ならぬDB(データベース)鑑定で、一発でばれるのだ。
旅行前の説明でももちろん説明するし、何より常識的にそれをだれもがわかっているはずなのに、犯罪者は後を絶たない。

しかしながら、もはや生殖は種の保存の枠を完全に逸脱している。「風俗の発展は文化の昇華だ」と誰かが言っていたが、ある意味娯楽かスポーツの領域になっているようだ。借り物の体で、さわやかにコトを楽しむオヤジたちの姿は想像に難くないな。

「ふっ」
急にかわいた笑いがこみ上げてきた。

もっとも借り物の体に最初からそんな機能をつけなければいいと思うのだが、これもたとえばあの新婚さんの初夜が演出できなくなるのはかわいそうとかで、ちゃんとできるようにはなっている。

おまけに新婚さんは顔やスタイルも、クローン技術でしっかりとコピーされたものが用意されているときた。

まったく演出には事欠かないようだ。

うちの社長曰く、
『テクノロジーだけでなく、この「旅行感の演出」をうまくしたからこそ、今日の成功に結びついている』
らしい。

いやはや、あのたぬきの満足顔が目に浮かんで気分が悪い。



気分を変えて目を落とすと、続いて記事にはこうある。

「チャーター便、墜落事故の終焉見えず」
「今年に入って15件目の物別れ。保険会社との交渉難航。個人のアドベンチャーは高リスクか?」
 
「アドベンチャー」ね。確かにこの時代、飛行機旅行はある意味「冒険」に近いものがあるな。ま、お金と時間のある金持ちが道楽で死ぬんだ。しょうがないだろう。

保険といえば、いまや金持ちの道楽である飛行機旅行は、事故にあっても保険が下りない。わざわざリスクを背負うような旅をする人は担保が利かないとの理由だそうだ。

ただ、いつもその被害者が金持ちや大物だけに、事故が起こるたびにその話題は世間をにぎわし、消えていく。そんな社会問題をEトランスレーションという産業はまたひとつ作ってしまったようだ。

へいへい、結構世間を敵にまわしているかもな、おれら・・・。さてと・・・

「近い筋の情報によると、事故にあった伊丹氏は政治と暴力団の癒着問題の中心的な存在で、今回もその講演のため・・・」

「伊丹氏・・・」

伊丹彰彦。政治家にも屈せず、政治と暴力団の癒着問題を生涯のテーマとして取材を続ける大物ジャーナリストだった。また、決して道楽で飛行機旅行をするような人物ではなかった。

9月の初旬、正二は旅行者リストの中に伊丹氏の名前を見たことがあった。それから三日後、伊丹氏は飛行機事故で亡くなっている。
本来Eトランスレーションにて渡航するはずだった伊丹氏が、なぜか飛行機での移動に変更し、そして事故にあった。

業務上の確認のつもりで上司にその旨を伝えた正二だったが、その後渉外担当役員を交えた報告によれば、伊丹氏は講演という場においては、自らの顔を出すことが重要だと考え、急遽前日にEトランスレーションをキャンセルし、飛行機での移動に切り替えたのだということだった。

担当役員から、これ以上の詮索はしないようにとの、幾分強硬な指示を受けたあと、不満げに同僚と昼をともにしていた際に挙がったこの話題が、たまたま居合わせたマスコミ関係者の耳に入って面白おかしく書き立てられた。

その後の経緯は保険の問題やら、予約の事実の真偽など、上層部とマスコミで押し問答の挙句、ようやく先日収まりかけていた。

そして正二はその間、同僚との冷めた空気の中、半ば仕事を干される形で今日に至っている。

正二にしてみれば、この立ち直りの出発に、最も目にしたくない記事を目にしてしまったのだ。


思いのほか、重い気分になってしまったとき、係からのアナウンスが入った。

そそくさと新聞をたたみ、入り口を通ると幻想の演出にはおさらばし、用意してあった「スーツ」と呼ばれる単なる寝巻きに着替え、転送シートに座っていた。

 「こんにちは、今回オペレーションを担当させていただきます、河野と申します、よい旅をお手伝いさせていただきます。」

マニュアルどおりの自己紹介を聞きながら、どうやら機嫌の悪そうな顔をみられてしまったらしい。

 「ええっと、泊様はEトランスレーションの社員さんですか、それなら社割で承りましょうか?」

とっさに気の利いたことを言おうとしたらしく、声自身はつややかだったが、内容は至って間抜けだった。

まぁ、彼女に悪気はない。

 「会社の都合で、飛ぶんでね。むしろいっぱいふんだくってくれたまえ。」

できる限り、語尾のイントネーションを冗談ぽく強調して和ませるつもりだったのだが、この仏頂面に、成り上がり社員の代名詞「Eトランスレーション」の社員だ、どうやら先方はますます誤解を深めたらしい。

考えてみれば、この河野さんを含めオペレータの大半は旅行会社や航空会社の出身のはず。

それこそ、花形・エリートの出身の人たちだった。成り上がり者に「たまえ」呼ばわりされて、いい気分のはずがない。

つくづくはずしたなと思いつつ、ここでも冷たい空気の中、「旅」に出た。

第2章旅の変遷

テクノロジーの変遷はすさまじい。ソロンの原則では半導体は4年で2倍になるが、ソフトウェアの技術も、もはやクウォンタムジャンプと呼べるべき進化を遂げていた。

実のところ、現代にはほとんど旅行は存在しない。
いや、存在するのだが、ある意味金持ちの道楽に返り咲いた。もちろん出張もない。

さすがに「テレポーテーション装置」や「どこでもドア」は発明されなかったが、僕らは体が移動する代わりに、意識や記憶(コンテンツ)が移動する。

旅先には器(からだ)が用意されている。

ちょうど一昔前、旅先でレンタカーを借りるのと同じ感覚で、僕らの器がそこにあるのだ。だから飛行機で数十時間の長旅もない。本物の体は都内にある施設でゆっくりとした睡眠をとって過ごすのだ。
だからバカンスは本当の意味で心と体のリフレッシュができ、出張も帰宅後の疲れなど皆無になる。

お土産は旅立つ前か、現地にてオーダーして、後は空輸されて終わりだ。


便利な時代になった。

 金持ちといえば、どうしても自分の体で行きたいという人にとっては、時間をかけて旅先で自分お手製のクローンを用意するか、もしくは、もはや貨物便となった飛行機の特別シートで移動を楽しむことになる。

もっとも旅先のアクシデントや飛行機事故のリスクを経てまで、何で自分の体が必要なのかは、ほとんど理解できないが・・・。

 

 

 

正二の会社はこの「Eトランスレーションサービス」の独占企業だ。

もともとネットでデータを送信し、サーバに保存するストレージサービスの会社であったが、どんな経緯からかは知らないがバイオテクノロジーの会社を買収し、クローン技術とデータ送信の技術を組み合わせて、このEトランスレーションの仕組みを作った。

概念的には有機物で作ったコンピュータのメモリにデータを流し込み、増えた分の情報だけまた元に戻すだけ。技術者に言わせると、要は「生もの」であるからデータの吸出しが難しいんだそうだ。後はコンピュータと大差ない。

確かに考え方はいたってシンプルだった。

 サービス開始当初は、倫理だの宗教だのの団体から大きな非難を浴びたが、忙しいビジネスマンを抱える昨今では大衆の賛同を得、さらには飛行機事故という 「死」のリスクがゼロになるというアドバンテージが経済界からも支持を得て、結果として旅行業界と、航空業界、そして保険業界の反感を買いつつも、全世界 を巻き込む左団扇の産業にのし上がってしまった。

その産業を一手に握っているのだから、しがないインターネットの営業会社での成り上がり者も、もはや一流企業のエリートになってしまっていた。