フレンドシップレポート
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一流半と二流と…

ゴルフ部

要所で出逢った我が師匠格の方々 その①クニさん

自分が客観的にゴルフが人より遥かに上手くなり、かなりの成績を残せたひとつの要因は何か
そのひとつに自分は普通の人と比較にならないくらい凝り性だと思う。というよりいつだったか
それをとある人に指摘されハッとし、『そういえば』と思ったものだ。

またそれと同時に今まで同じ位にまたはそのくらい没頭したものは?
というと色々あるがなかでも麻雀、競馬などがあがる。

まぁ普通の人から見ればロクでもないものばかりだが
ジャンルは違えどパチスロなどに入れ込む人と同類なのだろうか。

麻雀と出逢ったのは高3のときだった。

教えてくれた人が同級生の通称『クニさん』だった。
彼は厳密には一年先輩だったのだが、バイク事故で半年以上入院しダブってしまい3年の時に同学年となった。、もし彼に逢わなかったら自分は麻雀と言うものに興味を示さなかったかも知れないので今思うとこの巡り合わせの妙をは凄く感じる。
とにかく彼とは俗に言うウマが合った。

それゆえ必然ながら麻雀を覚えた。
麻雀というゲームが理数系の自分に向いていたのか、教え方も上手かったが彼の熱心な教え方が自分にマッチした。
覚えだしが春先で、自分は高2の時に全国のゴルフの試合で既に結果を出していたので夏のジュニア選手権のシード権も所有し、何より受験の心配が全く要らなかった(ほとんどの大学でセレクション入学が可能だった)のものめりこめるタイミングが良かったひとつだ。


また個この麻雀が実によい息抜きとなったのも事実だった。
のめりこむ性格ゆえか彼にルールや手役点数と計算までみっちり教わってほとんど覚えるのに本当に3日とかからなかった。

『のみ込みはまぁ早いほうだ』といわれたが自分では当時はそれが当たり前のスピードと思っていた位。一週間でもう手積み卓で一緒に教わりながら打っていた。

これ以降大学時代はゴルフが99%中心の生活ながらオフシーズンや試合の合間のつかの間の余暇として更に後年職業として(プロではないが)この麻雀とも向き合うことになる。競技ゴルフから撤退後はそれこそ狂ったように没頭したものだが、その時々の師匠などに(ゴルフのときもだが)自分は本当に恵まれた。

その後に出逢うKさん(裏業界ではかなり有名?)
その友人のAプロ(数え切れないタイトル保持者)
更に頭文字は同じもう1人のAプロ(亜空間殺法の人です)
らとみっちり打ち込む事になるのだが例えば彼らには勝ったり負けたり(勝率は置いといて)するが、このクニさんだけにはついぞ勝った記憶が無かった。

高校生ながら密かに雀荘に通いかなりの勝率だったみたいだが、セットで人数が揃うと俗に言う後ろ見を毎回させてもらったりしたものだが本当に上手くまた強かった。


自分の麻雀歴においてこの時期は例えば車の教習所で言うと第一段階なのかも知れないがこのクニさんから学んだ事はかぎり無く多い。高校を出てからまもなくでお互い進む道が違うこともあり疎遠になってしまったが…今の自分の力でどのくらい戦えるのかもう一度打ってみたい人だ。

今どうされているのだろうか。

大食い伝説、怪物の胃袋②

大食い伝説、怪物の胃袋①

前回の続きとなるがいろいろな意味で破天荒な選手が少なくなった。最近の特集でプロ野球選手の大食い伝説があった。

ざっと紹介すると

普通の1食分で「焼き肉なら20人前」



某チェーン店の「1500グラム(1.5kg!)カレー」を食べた



「ラーメンの替え玉12個おかわりした後で更に寮の食事を食べた」






などとある。これが最近の若者としては大食いの部類?

まぁ自分も当時で焼き肉20人前は食べられないが目の前でそれ以上に余裕で平らげた奴はいた。



自分の2学年後輩で当時のゴルフ王国の大学1年だった『K』だ。



当時のゴルフ事情に詳しい方ならすぐピンとくるか、実力は高校のときから折り紙つきで新聞などでも『怪物』と名づけられた。

今の石川遼クラスの評価は余裕であったと思う。

これは確か仙台だったかで行なわれた全国レベルの試合の時だった。



比較的仲の良かった某大学の出場選手Hの地元で実家が結構繁盛している焼肉店だった。

父親もゴルフが大好きでしかも上手くこの機会に『将来プロになりそうな大学の有名選手と話しがしてみたいから誰か連れて来てくれ』と頼んだらしく練習日に

H『明日の晩空いてる』



自分(以降お)『特に予定は入ってないけど』



H『じゃあ明日俺んちの実家の焼肉食べに来ないか?できればYとかも誘って、うちの親父が招待したいって』




お『焼き肉かぁよしYとかに声かけてみるよ』



Yは当時のゴルフ王国のエース、3年ながら日本学生も勝ちゴルフ王国のエースというより日本のエースだった



さっそく練習グリーン辺りで遭遇

お『Hん家の実家がこの近くで焼肉屋やっててさ俺とお前で明日来てくれないかって、明日のラウンド終わった後行かない?』



Y『へぇ、いいねじゃあ明日そこ行こうぜ、あっR(Kの下の名前)も連れて行かない?』



となりHと自分ともう1人W、そしてY、さらにKの5人で翌日の初日終了後焼肉やへ向かった。




お店は割りと大型店で夕食の時間もあるがかなり繁盛していた。

肉は上質のものを選んでくれていたにせよ実際かなり美味しかった。今でもあの肉は歌舞伎町の高級店より遥かにやわらかく美味しいと感じた