今朝の気付き (エッセイ 16)2016. 12. 7. Wed

 

鐘の響き、今いずこ

 

夕刻、何処かのお寺の鐘がゴーンと鳴り響く。 すると、我も負けじと、もう一つのお寺の鐘が、ゴーンと鳴り響く。 

 

次にまた一つ、 人びとはそれらの夕べを知らせるあちらこちらの鐘の音を聞いてどんなにか一日の日暮れの安らぎを意識できたことか。 

 

人々のなかにも、このお寺の鐘の音に似た、一声(ひとこえ)響きのある声で辺りに何かを意識させる話をする人が昔はあちらこちらに存在した。 

 

それらの一人が何か喋ると、負けずにもう一人が似たような、或いは全然別のトーンで、音を響かせたものだ。 それらの響きを人々は聞いて感心したり、面白がったり、励まされたり、ほっとしたり、反省したり、 悔しがったり、いろいろとしたものだ。 

 

鐘の音も響かない、 人の張り上げる声も聞こえない、そして今、人は云う、「お静かで結構ですね」と。 お静か、どころか騒がしいクラクションを鳴り響かせて、変な丁髷姿の若者たちが走り回る。 

 

これも一つの時代なのだなぁ。

今朝の気付き (エッセイ 15) 2016. 12. 4 Sun

 

需要と供給

 

世の中すべて需要と供給のバランスで動いている。 

 

欲しがる人が居て、提供出来る人が居てそれはうまく進む。 人類の独り一人に別の需要が起きれば、それに見合う供給もないとうまく行かない。 

 

社会に多様化というものを必要とする時その多様化の需要を満たす供給はどうしたら生まれるか。 

 

これをうまく調整できる者が政治を行えば、事はうまく運ぶのであろうが、現代社会は、それをうまくやろうとする意図の方が先に進行するため、政治家はそれに振り回される。 

 

要するに故意に人前に出現させる需要で、作為的需要が起こされ自然破壊を起こすことになる。 

 

人々の中に自然に起きる需要はそれに見合う供給うという事象も自然に育つ環境が必要となるのだが、人為的に作り出す供給で、これまた汚染が進行する。 

 

現存人類は自然の需要と供給を求めていま喘いでいるのだ。

 

今朝の気付き (エッセイ 14) 2016.123 Sat

 

メンタル・ヘルス環境

 

世の中の動きを伝えるラジオ・ニュースなどは気を付けて聴いていると、結構斬新なことをほんの一瞬報道されるものが多い。 メディアの側では、最近の報道では、可なり省略が発生している。 

 

僅か数秒で報道して、後は聴取者が勝手に何かで(例えば週刊誌とかネットで)お調べになれば?てな具合で放置される。 

 

多くの場合、その事に相当な程度の関心の在る人しかその瞬間の意識に作用しないのだ。 

 

数年前、ラジオで精神衛生環境(メンタル・ヘルス・エンヴァライァンメント Mental Health Envioronment)の事を聞いた途端に、その言葉の意義が筆者の生活感情とかなり接近した意識で捉える瞬間があった。 

 

スポーツ心理学コンサルタントの荒木かおる氏がエディー・ジョーンズ氏(ラグビー日本チム監督)に乞われてこのチームの選手たちのメンタル・アドヴァイザーとして招かれ、五郎丸選手の活躍ぶりに寄与された訳である。 

 

スポーツの場に限らず、お役所でも、一般の企業体に於いても、或いは学校でも、家庭でも、人と人の共同生活の場で、このメンタル・ヘルス環境という意義が多くの場所で語られることが増えてきた。 

 

要するに、「人は心の持ち様で、どんな風にでも変われる」ということで、それは我が国でも古くから語り伝えられて来た。 今更外国からの学問的伝来で、某心理学などと論理的に解く前に、毎日の生活意識の方が肝心なのだ。 気分よく生活できる場は? 

 

笑顔で「おはよう」の一言に尽きる。