あの震災で被災された方々に御見舞いと、悲しくも犠牲となられた方々に、心より手を合わさせていただきます。

また、その後の復興にご尽力されている方々、ありがとうございます。




思い起こせば、俺は妻と出会った頃。

震源地からはずいぶんと離れた地方都市で暮らしていた。

あの日は休みで、午前中に電気店から注文した大型テレビが届き、設置をしてもらった。

『さぁ、この大画面で何を観ようか』

何て事を考えながら昼食を終え、あれこれとチャンネルを変えていた。

結局ミヤネ屋に落ち着いた頃に、ユッサユッサという揺れを感じ、届いたばかりの大型テレビがガタガタと大きく動き、慌てて抑えた。


その後はその大画面で壮絶な光景を延々と観る事になった。



翌日、出勤すると彼の地から遠く離れた地方都市は普段と大きくは変わらない日常だった。もちろん皆がその話をしていたが。

直後から、生中継でさんざん壮絶な光景を大画面を通して見ていた俺は、何とも言えない気分だった。


『何で俺は普通にしているんだろう?こんな事をしてて良いのだろうか?』


仕事をしながら自分がおかしくなっている様な気がした。


そこに追い打ちを掛けたのが当時の上司だった。

この上司、本当にクズで。前年度まで労働組合専従だったクセに復帰した途端にパワハラ野郎となった人間である。労働組合で『職場のハラスメントがー』、とか言ってた立場なのに。


その上司が、

『おい!◯◯(私の名前)!これで支援品特需が来るから、絶対逃すなよ!』

と、言ってきたのだ。


はぁ!?多くの人が犠牲になり、被災し、不安で仕方の無い時間を過ごして居るのに『特需』だと?コイツは血の通った人間なのか!?


私にはその上司が教科書に載ってた

『どうだい明るくなったらう』

の、お札に火をつけてた人物に見えた。



その後もいろんな事があり、もうコイツの下では働けないと、部長に相談して異動を願い出た。

俺は異動はしたが、パワハラ上司はなぜか上層部の覚えが目出度く、その後も順調に出世していった。そういうのが嫌で結局俺は転職してしまったが。



この時期になると思い出す。


そして、このエピソードを話した時の

『クソだな!』

と、言ってくれた妻を。