"佐々木彩夏の自己顕示欲とペルソナ"
ではまず、前回のコメントでも触れました
佐々木彩夏のアイドルキャラつまり”偶像”が
如何にして演じている”虚像”ではなく
彼女の”実像”自然体になっているのではないか?
という私のみならず皆さんもお考えの見解を
どういう経緯でそこに至ったかを述べさせていだきます。
まずひとつ目の要素は"自己顕示欲"です。
この欲求は私の拙い知識で説明いたしますと
人間が如何に”自分という存在”を人に理解し評価させ
自分という存在を自己認知するか?
その為の欲求
つまり人は”誰か自分の知人もしく他人に
評価”をうけることによって”自分の生きている価値”を確認し
”自己実現”を見いだそうとしているのです。
そして、この欲求は既に物心がつく頃から存在していると思われます。
その自分を”理解評価”をする対象として
まず最初にその時代の全てである"両親"を選ぶのです。
両親が子供の性格形成に大きな影響力があるのは
周知の事実ですが
それはこの欲求の為なのです。
佐々木彩夏の母”あーりんママ”を皆さんもご存知でしょうから
ここは割愛させていいただきます(後日詳しく触れたいと思います)
そしてその欲求は
次の要素"ペルソナ"へと変容していくのです。
ペルソナとはこれも私の拙い知識でご説明いたしますと
心理学用語で人が他人と交流をはかる時に生まれる
その個人や団体から求められる
”その人らしい個性”を無意識的に演じる人間関係上の
多面的な顔"仮面"の事をいいます。
つまり、人は交流相手や集団により”少しずつ異なった顔”
性格を持っているのです。
そしてそれは本人の性格を他人の影響が
大きな要因のひとつだという事です。
では”佐々木彩夏の自己顕示欲とペルソナ”はどうなのか?
ライブ中のMCやTV出演時のリアクションやトークでの
姿勢や言動を見れば佐々木彩夏が
非常に強い自己顕示欲の持ち主で
しばしば敬意と若干の皮肉を持って喚ばれる
”佐々木プロ”の異名でも分かるとおり
”完璧なペルソナ”を持っている事は
一目瞭然です。
ここまで理解いただいたら
ここで、この自己顕示欲とペルソナには
重要な共通点がいくつかある事をご説明しましょう。
それをご説明すれば私が、そして
そうお考えの皆さんが
あの虚像のキャラが佐々木彩夏の実像
ではないかという結論に至った一助になると
私は考え提示させていただきます。
まず第一に自己顕示欲とペルソナは
”芸能界に必要不可欠な要素”である事です
芸能人とは自分を切り売りする職業であり
それには多大なストレスが伴います
強硬な自己顕示欲を持っていないとストレスに
耐えれない事でしょ。
そして、芸能界はこの”ペルソナを巧みに利用し操作して
イメージを創造している商売”だと私は考えています。
つまり芸能人のイメージやキャラ、存在は
本人の意思以外にマスコミ、事務所の影響
そして最も大きな影響力
”視聴者やファンの願望の集団無意識”が
彼ら彼女達に大きな芸能人というペルソナを
被せているという事です。
ましてや、アイドルは以前触れたように偶像崇拝の側面を
持っておりますのでペルソナは重要なのであります。
とここまでお読みになった皆さんは
全く佐々木彩夏の自然体の説明になってないと
お思いでしょう
単にこれでは佐々木彩夏が
芸能人向きの素質と生い立ちを持っている
説明のような物をうんちくを聞かされただけだと
しかし、このいつもの様に
この長ったらしい前置きが重要なのだと
思いましたので書かせていただきました。
そして第二の共通要素
ここからが最も重要だと思うのですが
この二つの人間の心理は
当たり前の事ですが、しかし
しばし誤解させがちな
”特別な人間が保有”するものではなく
”人間誰しもが、大小ございますが
持っている欲求や心理”だと言う事です。
つまり”芸能人なら当然持っていて
我々一般人には持っていない”のではなく
人間なら誰しもが持っているのです!
佐々木彩夏の素を理解するには
当たり前の事のようですが
彼女も人間であり
理解できる存在であると思える事が
重要なのではないでしょうか?
そして最後に第三の共通要素
この『自己顕示欲もペルソナも他人の影響により
形成される特徴を持っているが
実は、多いに”自分自身の欲求とも連結している”』
という事です。
つまり私が言いたい事は
佐々木彩夏は母親の教育や我々ファンの願望に
大きく影響されているものの
生まれ持った”天性の素質”が
彼女に偶像を”あのアイドルキャラを
選択させている”という事なのです。
重要なのは本人が
本来の自分の性質や性格つまり”実像”を
”強い自己顕示欲により無意識的にも意識的にも
自らの意思”で強硬なペルソナを被っていると言う事です。
つまりどちらも”強要ではない”という事なのです。
母親のロボットでも、我々の人形でもなく
彼女の理想像があの偶像でもある”アイドル”なのです
これを我々に感じさせている事がつまり
至って当たり前の事を述べているようですが
実像論の定義は難しい中
彼女の”実像”を証明するのに適していると思い
今回は述べさせていただきました。
また今回も長くなってしまい申し訳ありません
今回までは皆様の認識の再確認をさせていただいていましたが
今後はいよいよ私個人の私的見解
”佐々木彩夏の娼婦=サロメの悲劇的要素”に
触れていきたいと思います。
私はその要素が”アイドル偶像に内包する事”により
(先に述べた様に私の嗜好なのですが)
一層彼女に惹かれていったのです。
でもその前に少し趣向を変えて
次回は私の佐々木彩夏の”ぐっときた瞬間”ランキングを
考えております。
今回も駄文にお付き合いありがとうございました
ではまず、前回のコメントでも触れました
佐々木彩夏のアイドルキャラつまり”偶像”が
如何にして演じている”虚像”ではなく
彼女の”実像”自然体になっているのではないか?
という私のみならず皆さんもお考えの見解を
どういう経緯でそこに至ったかを述べさせていだきます。
まずひとつ目の要素は"自己顕示欲"です。
この欲求は私の拙い知識で説明いたしますと
人間が如何に”自分という存在”を人に理解し評価させ
自分という存在を自己認知するか?
その為の欲求
つまり人は”誰か自分の知人もしく他人に
評価”をうけることによって”自分の生きている価値”を確認し
”自己実現”を見いだそうとしているのです。
そして、この欲求は既に物心がつく頃から存在していると思われます。
その自分を”理解評価”をする対象として
まず最初にその時代の全てである"両親"を選ぶのです。
両親が子供の性格形成に大きな影響力があるのは
周知の事実ですが
それはこの欲求の為なのです。
佐々木彩夏の母”あーりんママ”を皆さんもご存知でしょうから
ここは割愛させていいただきます(後日詳しく触れたいと思います)
そしてその欲求は
次の要素"ペルソナ"へと変容していくのです。
ペルソナとはこれも私の拙い知識でご説明いたしますと
心理学用語で人が他人と交流をはかる時に生まれる
その個人や団体から求められる
”その人らしい個性”を無意識的に演じる人間関係上の
多面的な顔"仮面"の事をいいます。
つまり、人は交流相手や集団により”少しずつ異なった顔”
性格を持っているのです。
そしてそれは本人の性格を他人の影響が
大きな要因のひとつだという事です。
では”佐々木彩夏の自己顕示欲とペルソナ”はどうなのか?
ライブ中のMCやTV出演時のリアクションやトークでの
姿勢や言動を見れば佐々木彩夏が
非常に強い自己顕示欲の持ち主で
しばしば敬意と若干の皮肉を持って喚ばれる
”佐々木プロ”の異名でも分かるとおり
”完璧なペルソナ”を持っている事は
一目瞭然です。
ここまで理解いただいたら
ここで、この自己顕示欲とペルソナには
重要な共通点がいくつかある事をご説明しましょう。
それをご説明すれば私が、そして
そうお考えの皆さんが
あの虚像のキャラが佐々木彩夏の実像
ではないかという結論に至った一助になると
私は考え提示させていただきます。
まず第一に自己顕示欲とペルソナは
”芸能界に必要不可欠な要素”である事です
芸能人とは自分を切り売りする職業であり
それには多大なストレスが伴います
強硬な自己顕示欲を持っていないとストレスに
耐えれない事でしょ。
そして、芸能界はこの”ペルソナを巧みに利用し操作して
イメージを創造している商売”だと私は考えています。
つまり芸能人のイメージやキャラ、存在は
本人の意思以外にマスコミ、事務所の影響
そして最も大きな影響力
”視聴者やファンの願望の集団無意識”が
彼ら彼女達に大きな芸能人というペルソナを
被せているという事です。
ましてや、アイドルは以前触れたように偶像崇拝の側面を
持っておりますのでペルソナは重要なのであります。
とここまでお読みになった皆さんは
全く佐々木彩夏の自然体の説明になってないと
お思いでしょう
単にこれでは佐々木彩夏が
芸能人向きの素質と生い立ちを持っている
説明のような物をうんちくを聞かされただけだと
しかし、このいつもの様に
この長ったらしい前置きが重要なのだと
思いましたので書かせていただきました。
そして第二の共通要素
ここからが最も重要だと思うのですが
この二つの人間の心理は
当たり前の事ですが、しかし
しばし誤解させがちな
”特別な人間が保有”するものではなく
”人間誰しもが、大小ございますが
持っている欲求や心理”だと言う事です。
つまり”芸能人なら当然持っていて
我々一般人には持っていない”のではなく
人間なら誰しもが持っているのです!
佐々木彩夏の素を理解するには
当たり前の事のようですが
彼女も人間であり
理解できる存在であると思える事が
重要なのではないでしょうか?
そして最後に第三の共通要素
この『自己顕示欲もペルソナも他人の影響により
形成される特徴を持っているが
実は、多いに”自分自身の欲求とも連結している”』
という事です。
つまり私が言いたい事は
佐々木彩夏は母親の教育や我々ファンの願望に
大きく影響されているものの
生まれ持った”天性の素質”が
彼女に偶像を”あのアイドルキャラを
選択させている”という事なのです。
重要なのは本人が
本来の自分の性質や性格つまり”実像”を
”強い自己顕示欲により無意識的にも意識的にも
自らの意思”で強硬なペルソナを被っていると言う事です。
つまりどちらも”強要ではない”という事なのです。
母親のロボットでも、我々の人形でもなく
彼女の理想像があの偶像でもある”アイドル”なのです
これを我々に感じさせている事がつまり
至って当たり前の事を述べているようですが
実像論の定義は難しい中
彼女の”実像”を証明するのに適していると思い
今回は述べさせていただきました。
また今回も長くなってしまい申し訳ありません
今回までは皆様の認識の再確認をさせていただいていましたが
今後はいよいよ私個人の私的見解
”佐々木彩夏の娼婦=サロメの悲劇的要素”に
触れていきたいと思います。
私はその要素が”アイドル偶像に内包する事”により
(先に述べた様に私の嗜好なのですが)
一層彼女に惹かれていったのです。
でもその前に少し趣向を変えて
次回は私の佐々木彩夏の”ぐっときた瞬間”ランキングを
考えております。
今回も駄文にお付き合いありがとうございました