琅燦は、十二国の歴史を調べるうちに、『奏』、『雁』、『範』のように
成功例もあるが、 他の場合天啓のあった王は大半が王として
相応しくない 者が多いと考えていたとします。
天に選ばれた者より、優れた人物が国を治めた方が民の為になると
確信していたとします。
その為に妖魔を使役する術を学び、王と麒麟を閉じ込めて国をかすめ取る
機会を狙っていたのです。
驍宗と一緒に戴に来たのは、王宮に潜り込む為でもあったけれども、
驍宗の事を本当に尊敬していて王に成るべき人物だと思っていたからです。
琅燦は、天命を受けた次の戴王になる人物を閉じ込め、自分の力で驍宗を
王にしたかったのではないでしょうか。
ところが、琅燦の思惑に反して驍宗が王に選ばれてしまった。
折角準備してきた事が無駄になってしまう事が耐えられなかっ琅燦は,
阿選を焚き付けて、実験を行なってみる事にしたのです。
6年後泰麒が戻って来た時、誓約を強要させない為に阿選に
泰麒を斬らせたり(白銀の 墟玄の月 四巻P403 泰麒の話より)、
驍宗に禅譲させるなどと無理な事を言っている のに、
さもそれが出来うる事のように泰麒の詭弁を擁護している(二巻 P195─)
ところを見ると、
琅燦は、最初から実験の成功後しばらくしてから、驍宗と泰麒を
助けるつもりだったのでは ないでしょうか。
しかし、驍宗は函養山で、泰麒は鳴蝕を起こして行方不明になってしまい、
何もする事ができなくなってしまいました。
それでも白雉は落ちていないので、驍宗が生きていることは
間違いない事ですから、そのまま 現状維持で状況が変わるのを
待つ事にしたのです。
ここから最初に書いた民の為に始めた事から矛盾した話になります。
驍宗が行方不明の間の、琅燦にとって最重要課題は驍宗を戴国民が
納得する形で玉座に戻さなければならないと言う事です。
短期間ならともかく、長期間(この場合7年)になった時に、
万が一阿選がそれなりの良政を行なって、民がそれに満足してしまい、
このままで良いと思ってしまうかもしれません。
そんな時に天意の有る驍宗が王に戻るのが当然だとして
阿選を討ってしまったら、その後こんな噂が立ってしまうかもしれません。
「横暴で残酷な驍宗が王になれば、民が苦しむ事になると先見の明が
あった阿選にはわかっていた。それを憂いて起ち驍宗を白圭宮から
追い出して、善政を行なっていたのに、それを逆恨みした驍宗が軍を
率いて阿選を惨殺した。」とか・・・
その後驍宗が、どんなに戴の為に尽力しても長い在位の途中で失策など
あった場合、民はそれを我慢できず「阿選の治世の方が良かった」
などと言う人々が反乱を起こすかもしれません。
それは驍宗の統治に禍根を残し兼ねないのです。
ですから、どうしても「簒奪者であり、民を虐げている阿選に、
正統な王である驍宗が正義の鉄槌を下し、戴に平和をもたらした。」
という演出をしなければならないのです。
その為に自分の同郷である朱旌に繋がる人には、玄管として朝廷の動向を
伝え助けていましたが、その他の阿選の誅伐は見て見ぬ振りをして
放置していたのです。
元々阿選に政の才能は無いようですし、『阿選はやりすぎた。』(三巻P236)
とありますから、非情な振る舞いは個人の性質によるものの様にみえますが、
琅燦が豺虎になるように誘導していた可能性も捨てきれないのです。
琅燦は、謀反を計画した時から王宮に残るつもりは無く、驍宗が玉座に
戻った後に『自分が、驍宗を王にしたのだ。』という
自己満足と共に戴を出て行くのではないかと思います。
そして今度は、他の何処かの国で本番をやるつもりではないでしょうか?
長文で失礼しました。![]()
