こんにちは。


4月28日から、ジョイナスはイベント期間に入りました。


28日には、男子ダブルスが行われました。



参加者は6ペア(コーチ含む)。


総当たりリーグでの試合です。

石川コーチ・チアゴコーチペアも参加しました。


この2人、なんとか全勝でした。


石川コーチは、テニスから遠ざかっていたようで、なかなか思うように動けなかった様子・・・


やはり、継続は力なりということです。


続けていなければ下手になり、続けていればチャンスは来るものです。



このペアをもっとも苦しめたペアが牧原・加藤ペア。


5-1まで追い詰めましたが、そこからの逆転負け・・・


5-7。


経験の差がでたのでしょうか。


良い勉強になったと思います。


外の試合で勝つための糧にしましょうね。



しかし、この2人、


コーチペアを苦しめたものの、コーチペア以外での順位は、3勝1敗で2位でした。


Joinus Tennis Academy Blog



優勝したのは、


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谷・酒井ペア。


コーチペアにこそ0-6でしたが、安定した成績で、4勝をもぎ取りました。


躍動感あふれる、力強いプレーが印象的でした。



この試合は、進行もとてもスムーズで本大会が終わった後も、


練習試合がたくさんできました。



優勝の坂井さんも、足がつるまでプレーしていました。




今回の試合は、コーチが入っていたので、


みなさんアドバイスをもらいながらやっていました。


試合をこなすごとに良くなっているようでした。



やっぱり試合に出ることは大事だと思いましたし、それを見ている人間がいることが必要だと思いますね。



今日(28日)の経験を生かして、また強くなりましょう。



それから、次回の参加もお待ちしています。





さくらいです。



自分は、ひとのことを良い悪いと判断しません。



というか、


ひとだけではないですけどね。



良いとか悪いとかいう価値観は持たないようにしているので、良いか悪いかと聞かないでね、


良いとか悪いとか思ってると思わないでね、


ということです。



テニスのプレーに関して、


あ~今のは良い!


という場合、


ぼくの感性に合う、見ていて楽しいよ、という感じで。


絵を見て、うまいかへたか以外の、なんか好きというのがありますよね。


そんな感じです。



今のは悪い!


という場合、


テニスの常識からけっこー外れているよ、という感じ。


しかし、


常識から外れていると悪いのか。


見方によってはただのへたくそ、ともとれます。


基本に忠実であったり、セオリー通り、というのはつまり、簡単だということです。


常識はずれなプレーは、難しいだけで、悪いわけではないともとれる。


だから、へたくそなだけです。


悪くはない。


うまくなろう、


強くなろう、


と思うこと、そう行動することが「良いこと」でしょうべーっだ!





そのプレーについて、難しいということは理解しておきたいですけどね。





願望が込められています。



自分がコート上で良いパフォーマンスを見せるのに必要のない感覚を除きたいという願望。


その中のひとつ。



プレーする中で考えることは、ポイントを取ることです。


うまくいった!


これは良い!


ピンチ!


これはやばい!


とか、いらないです。



そんな感情が脳に浮かんでいる時間を、どういう風にプレーしたらベストかと考える時間に使いたい。


ラリー中の時間は瞬間ですからね。





良いか悪いかで片づけないことが大切だと思います。


狭い世界で生きることになっちゃいますから。


自分が良いと思っている世界ですよ。


いかんですよ。


もっともっといろんなものを見たいです。


悪いことにも、良いものがあります。


だから悪くないです。


つまり、


悪いも良いもありません。




なんでもそうだと思っています。


良いプレーヤーがたくさんいると楽しいですね。

さくらいです。



世の中、価値観が違うひとばかりだとつくづく感じます。



同じひとばかりではおもしろくないんですけど。



でも、なぜか、


価値観が同じようなひとを求めますよね。


話していてもおもしろかったりして。



これは道徳心の欠如です。


たぶんです。



価値観が同じひとに、違うひとよりも異常に執着する。


依存する。


価値観を強要する。


変えようと操作する。


こんなひとはけっこういますかね。



小学校の道徳の指導法に、


これ、本なんですけど、


「特異なものを受け入れられない」というような表現がありました。


いくつかの道徳心の欠如のうちのひとつです。



子供の頃に、どんな教育をしたらそういう大人が育つんだろう、


と思いました。


そんな大人は数えるほどしかいないじゃない、と。




価値観が違うひととの時間の共有は、落ち着きません。


落ち着かないということは、道徳心の欠如です。


未熟ということ。


たぶんです。



価値観のズレが小さい集団で生きていくことは難しいと思いますが、求めるひとは多いです。


それも重要だと思いますが、ズレを苦痛に感じない自分になることも重要だと思います。



楽な道と、苦な道。


みたいですね。



ある価値観に魅力を感じられることは、素晴らしく、


そういうひとが集まることも素晴らしいように思います。


一見、


価値観を共有できているように見えていても、何かが違うはず。


同じ部分が多ければ、ズレに気付くのが遅いだけ。


どっちみち、落ち着かない場面はあります。



最初からそういうものだと理解できていたら、苦痛は和らぐのではないかと。



そんなことを知っているのと、知らないのとでは、違うと思うんですね。


テニスと一緒です。


知っててやるのは、応用。


知らないでやっているのはへたくそです。



好き嫌いだけの判断は、大抵自分に落ち度があると思います。


プレーもね。



ヒナブロ更新します


今日は姉編

アネブロです

春眠してますが(笑)






しっかりもののお姉さん
頑張りやさんのお姉さん

でも時々ママに怒られてるお姉さん




「はるにゃん」
いつもフロントお手伝いありがとう



そしてチャッカリモノの次女です(笑)




きゃー

末っ子は得だなあ(笑)


Android携帯からの投稿

さくらいです。



テニスのゲームをどんな風に見ているかは、


上達のスピードにけっこうな差が出るように思います。



ダブルスもシングルスも、将棋なんかみたいに、ポイントの取り方に名前をつけたいくらいです。



ある形でポイントを取るとき、どのショットを使うかに選択の自由があって、プレーに個性が出ると思います。


技術が足りないときには、その自由はありません。


個性もあまり濃く見えないと思います。



基本の上に個性はあるので、基本的なことがしっかりできていない状態では、個性というより、未熟な状態なだけだというところでしょうか。



それはいいとして、



ポイントを取ることがゲームの目的でありますので、


練習している技術がポイントにどういう形で影響するのかを知っていることが大切です。


なぜそんなことができないといけないのかを。



無意味学習より、有意味学習です。



ショットにはニュアンスがありますよね。


空気読めていないショットは、ムダなリスクをおかしています。


役割を考えたボールの触り方を習慣にしていかなければいけません。



なぜそんなボールを打つのかが、明確にわからなければへたくそです。



こういうことは、自分の感覚なのでひとに言う必要はないでしょう。


なんとなく、でもいいと思います。


自分の中でけっこうな確信があれば。



ゲームの中で、自分は自分にしばしば裏切られます。



相手が上回っているだけなのですが、自己中心的な考えのもと、自分に裏切られます。


このショットでこなるはずなのに、と。


考えが浅はかであることと、ショットのレベルが低いこと。


危機管理があまいということでもあります。



テニスのレベル分けは、意外にもしっかり分かれているもので。


自分の中の常識はけっこう当たっています。


困る状況は、となりのひととだいたい同じ。


よし!っと思えるショットも、だいたい同じ。



常識外れな選手と試合したりする機会なんて、そんなにあるものじゃありません。


もしあったら、


ただ黙って負ければいいだけです。



ちなみに、


勉強になんてなりません。



ぼくの感覚です。


やられて感じた感覚。


やって感じた感覚。





裏切りの正体を暴くこと。


裏切らないやつを同居させること。


最高のパートナーとコートにたつことが最高の幸せ。



弱いやつとばっかり試合したいもんです。