全部やった問題だった。あの時は出来たのかもしれない、でも今日は出来なかった。なぜか。



あの後、やった?復習した?

確かに忙しくて出来なかったのかもしれない、でもやらないといけなかった。

自分の力不足。


いつも電車の中で反省会を開いています。なんで?どうして?と嘆いた後、お前の力不足だろ、何でもクソもねえ、傲ってんじゃねぇよ。と開き直ります。これもいつもの事です。



テストはまだ終わってない。日曜挟んで水曜日まで。

だから気持ちを切り替えて、週明けに備える。



今 聴いてる曲。Nirvana「School 」爆音で。
色々と変えました。この壁紙好きです。

今日は地元に帰ってから、とある公共施設で自習していたら、地元のバカ高の集団がいてうるさかった。

でも何だか懐かしい気持ちになった。安っぽい香水、下げすぎのズボン、パンツ見えそうなミニスカート、ツンツンに固めた髪………中学校の頃を思い出したのだ。

周りに受験する人がいなかった為、私立中学の存在自体知らなかったので当たり前のように地元の公立中学へ進学するのだが、そこで待っていたのは、不良とバカと暴力であった。下校の時に学校の前で警察官がパトロールしていたり、卒業式に窓ガラスが割られ、校庭にバイクが侵入してくるような学校であった。

入学したその日に「こんなはずじゃなかった」と思ったのを今でも覚えている。

トイレは不良の溜まり場となっていて怖かった。わざわざ、渡り廊下を渡って体育館のトイレを使っていた。

しかしカツアゲやイジメにはあわなかった。挨拶もちゃんとしていたし、小学校の時に仲良くしてもらった先輩が不良になっていたので大丈夫だった。

野球部に所属するも、メンバーの出席日数の悪さや、やる気の無さや僕自身も気持ちが萎えてしまいほぼ幽霊部員で三年間終わった。


だがその中でも出来る奴は国私立の難関校と呼ばれるところに合格するやつもいた。中卒で働くやつもたくさんいたが。

その中でずば抜けて勉強が出来るわけでもなく、バカでもなかった僕はすごく中途半端であった。退屈であった。何がしたいのかよくわからなかった。周りに流されてとりあえず生きていた。別にそれで良かった。だから、オタクが流行り出すとオタクになったり、周りが腰パンをすれば自分も下げてみたり、ジャージを破くのが流行れば破いてみたり……


でも三年生の秋、受験勉強の追い込み時期だというのに一二年の頃と変わらなく騒いでいる奴らを見て、やっと目が覚めた。このままじゃダメだと思った。

特にこれといった勉強もしないでこの時期まで来たのではじめは苦しかった。それで通い始めた塾でがむしゃらに勉強した。




とにかく抜け出したかったのだ。



それで現在に至るわけですが、バカ高の奴らは今はわからないと思う、でも四年後、六年後に気づくのではないですかね。




さて、テスト二日目、頑張りますか。