1747年から1887年にかけて建てられたベルリンの中心かつ歴史ある聖ヘドウィグ大聖堂は現在再建築中だが、昨日ハイナー・コッホ大司教により祭壇(テーブル)が祝別された。カテドラルは第二バチカン公会議と新しいミサの実りに相応しく、(それまでと)違う神学と別の信仰を見事にあらわしている。

 

 

 

 

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 今は世の終わりに近いのかもしれませんし、まだもう少し先なのかもしれません。それはわかりませんが、世界中、いかにも危機感が漂っています。それに対して、霊的にも物的にも、ある程度の備えをすること自体は、正しいのですが、この情勢を利用してか、多くのカルトが流行りつつあります。

 その一つが、マリア・ディバイン・マーシー(Maria Divine Mercy)と呼ばれる偽幻視者で、それを支持するグループが、主にカトリックの保守派と伝統派の中を中心に、浸透しつつあります。伝統派の「中」と敢えて書いたのは、聖ピオ十世会の支持者の中にも、数名は、この偽預言者を信じるメンバーがいるからです。

 小野田神父様も、正式に警告を出してほしいものですが・・・そして、勇気をもって導いてほしいものですが。カトリックの伝統の掟によれば、フリーメーソンに入ったカトリック信者の聖体拝領は許されないはずですが、どうして彼らの拝領は許されるのでしょうか。彼らとメーソンの間に何の違いがあるのでしょう。共に背教であり、偽りに毒されています。重度の異端状態にあります。彼らがミサで、聖体拝領に与ったりすることは、霊的に不潔だと思うのですが。聖書には、ふさわしい心なく主の体を食べ血を飲む者は(聖体拝領のこと)、主の体や血を犯すことであり、裁きを食べ飲むことになる(1コリント11章)、とあったはずですが。

 が、私的なコメントを書き並べても、仕方がないのですので、これについての公的な文章から掲載してきたいと思います。これから、掲載するのは、カトリック教会が正式に発行したこの偽預言者(マリア・ディバイン・マーシー)に関する警告文です。

 この文章は、敢えて小野田神父様の訳を掲載します。前掲したように、聖ピオ十世会の中での件も、少し話題にしたからです。かつて、リトル・ぺブルが流行ったとき、それが異端であることを、めいめいが教え諭したように、これが異端であることも、信じる者を見つけたら教えなければいけません。

 

 

参考資料:「マリア・ディヴァイン・マーシー」のヴィジョンと言われるものについて
2014年10月25日 | カトリック・ニュースなど
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

 「マリア・ディヴァイン・マーシー」のヴィジョンと言われるものについてダブリン大司教区からの公式発表をご紹介いたします。

天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)


STATEMENT OF ARCHDIOCESE OF DUBLIN
ON THE ALLEGED VISIONARY “MARIA DIVINE MERCY”

Requests for clarification have been coming to the Archdiocese of Dublin concerning the authenticity of alleged visions and messages received by a person who calls herself “Maria Divine Mercy” and who may live in the Archdiocese of Dublin.

Archbishop Diarmuid Martin wishes to state that these messages and alleged visions have no ecclesiastical approval and many of the texts are in contradiction with Catholic theology.

These messages should not be promoted or made use of within Catholic Church associations.

「マリア・ディヴァイン・マーシー」という幻視者に対するダブリン大司教区の公式声明。

「マリア・ディヴァイン・マーシー」と自称し、ダブリン大司教区内にいるかもしれない女性が受け取る幻視とメッセージの真正性について、当大司教区に調査の要請が来ていた。
ダーマッド・マーティン大司教は、これらのメッセージ、及びいわゆる幻視は、教会の認可を得ておらず、そのテキストの多くはカトリック教理と照らして、相反するということを声明したい。
これらのメッセージが、カトリック教会内で広められたり、使われたりしてはいけない。
 

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 LGBT支持のシノドス司祭、同性愛者の神学校入学を支持する発言を認める。シノドスの精神的指導担当を負った著名な親LGBTドミニコ会士であるティモシー・ラドクリフ神父は、同性愛傾向のある人々を神学校に入学させることについての以前の考えを再確認した。

 彼はまた、特に教皇フランシスコの使徒的勧告『愛のよろこび』が物議を醸していることを踏まえ、「再婚者」が聖体拝領を受けることを提唱している。ラドクリフ神父が懸念を表明した教皇庁教育省の2005年の文書には「教会は当該人物を深く尊重しながらも、同性愛を実践し、根深い同性愛傾向を示し、いわゆる『ゲイ・カルチャー』を支持する者を神学校や修道会に認めることはできない」と記されている。しかし、実際にはこの教皇庁の指導は守られていないことが判明している。

https://www.lifesitenews.com/news/pro-lgbt-synod-priest-affirms-his-comments-in-support-of-admitting-homosexuals-to-seminary/

https://www.vatican.va/roman_curia/congregations/ccatheduc/documents/rc_con_ccatheduc_doc_20051104_istruzione_en.html
 

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 聖ピオ十世会の神父様や信者さんらが数名、現地まで抗議に行き、作者と話し合いまで漕ぎつけたのは、かなりな前進でしょう。顛末は、小野田神父様のブログにあります。

作者との話し合いの顛末

 作者の主張が載っていないのは、載せる価値を感じなかったからなのでしょう。あとは、作者の心ひとつです。芸大のアート展の展示物も前期と後期で入れ替わるようで、これ以上に外野にできることはないのだろうと思います。

 祈りの光景も見て、いろいろ、考えさせられました。ミサではない公共の場では、白ベールより、服の色に合わせたベールの方が、何かとよろしいかな、とか、別のことも考えてしまいましたが。
 作者は韓国でも出展したいと述べていたようですが、それはおそらく無理でしょうね。日本よりもはるかにクリスチャンの多い韓国の審査部門が、このような作品を認めるとは思えません。

 これに限らず、最近、アートの展覧会で炎上案件が相次いでいるように思います。愛知トリエンナーレもそうですし、他にもあるようです。背景に、非常識で奇抜なものを提案しなければ、入選しないという事情があるのでしょう。勿論、それは、イエズス様の冒涜を行ってもいいという理由にはなりません。銀30枚でイエズス様を売り渡すような愚行であります。

 カトリック中央協議会や大司教区、教会などが抗議した形跡がないらしいの(少なくとも、そんな話は聞かない)が寂しい限りですね。他にプロテスタントの牧師さんが、抗議して、もみ合いになったという話は聞きました。あのダビンチ・コードが出たときも、カトリック中央協議会の広報の神父様は、何ら抗議をせず、記者からの取材に対して「自分も見に行ってみようか」と笑って応じたとか。件の時も、抗議をしたのは、カトリックでは聖ピオ十世会だけでした。今の平均的なカトリック教会、塩気のない塩、という感じはします。

 

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 書きたいことが、何点かありますが、その前に一つだけ。

 宣教は大事です。いえ、宣教という言葉は、どうもお上品すぎて、消極性さえ感じてしまいますので、もっとはっきりと書きます。布教することは、非常に大切です。

 原則として、公教会の信徒以外は地獄に落ちます。勿論、例外はあるのですが、原則としては、そうなります。カトリック信者以外は地獄に落ちると、多くの聖人が言っています。第二バチカン公会議までは、はっきりと教会でもそう教えてきました。公会議後、教会は他宗教との融和などを推進するようになり、地獄も、それからこうした教えも、耳に痛い言葉を引っ込めてしまいましたが・・・。

 キリストを知る機会を持てなかった善人には、もしかしたら、どこかで主のお情けがあるのかもしれませんが、基本的に、原則として、カトリック信者以外は、地獄に落ちます。カトリック信者とて、伝統の教会の教えに従わずに生きていた者は、死んだ肢体(手足)なので、救われません。すなわち、地獄に落ちます。

 でありながら、布教をしない人がいるとは、どういうことか・・・?

 自分の家族に、隣人に、友人に、周りの人に、布教をしないとは、その人を憎んでいるということです。その人が、そのままでは滅びていくのを、手を差し伸べずに、座して見ているのですから。自分の周りの人が滅びの危険にあるのに、一言も声をかけないならば、それは罪です。それも大きな罪です。

 昔、カトリック教会にこんな言葉がありました。

「一人で救われる者はいない。一人で地獄に落ちる者もいない」

 救われる時は、家族や何人もの友人と一緒に救われていくのです。だって、そうでしょう。永遠の命は、カトリック教会だけにあると、公教会だけにあると、熱心に布教するのですから。勿論、現代はこうした世の中ですから、ノアのようになってしまうケースも往々にしてあり得ます。ロトのようになってしまうケースもあり得ます。しかし、原則としては、そうでしょう。布教をしなければいけません。

 滅びる時は、家族や他大勢の友達たちと一緒に滅びるのです。だって、そうでしょう。布教をしないのですから。異教徒や異端者に対して、布教をしないことは、その人が永遠の地獄に行くことを放置した、いえ、望んでいたということです。そうでなければ、熱心に布教をしたことでしょう。滅びていく友人を見殺しにした。これほど、大きな罪はあるでしょうか?布教をしないことそれ自体が、一つの大罪を形成します。その生き方が、一つの大罪を形成します。

 布教をすることは恥ずかしい? イエズス様やその言葉を恥じる者に対して、イエズス様もまた、終わりの日にその者を恥じる、と聖書にありますよね。(マルコ8:38) イエズス様が、あなたとの関係を恥じるとは、どういうことか? 少し考えれば、わかりますよね。

 布教の義務があるとは、カトリックの、どの教えに載っているのか? カトリック教会において一番大切で普遍の教えである、聖書にあります。それも、イエズス様が、天に昇られる時に遺言として、人類に伝えています。いわゆる大宣教命令です。


私には天と地の一切の権威が与えられている。行け、諸国の民に教え、聖父と聖子と聖霊の名によって洗礼を授け、私が命じたことを全て守るように教えよ。私は世の終わりまで常におまえたちと共にいる。
マテオによる福音書 28章18-20節


 あなたは、カトリック信者ですか? 天主の義理の子なのですか? あなたも天主の義理の子であるならば、親の言葉は守りましょう。まして、遺言は守りましょう。

 正しく生きればあなたの背中を見て、みんなカトリック信者になってくれる? いえ、あなたが正しく生きても、人はあなたを立派な人だと思うだけです。その後ろにいるイエズス様までは見ません。そもそも、知りません。だから、伝えましょう。口があるのだから。今の時代なら、ネットもあるのだから。
 
 これから大火事が来るのに、口で叫ばずに、身振りか手ぶりか、いえ、それどころか、目つきか表情で物事を伝えようとするのは、誠実と言えるでしょうか? 物事を伝えていると言えるでしょうか? 言葉で伝えずに、生き方だけでそれとなく伝えようとするのは、そういうことです。

 自分の隣人に対して布教をしないなら、その人の滅びを望んでいるも、同じです。自分の隣人の永遠の滅びを望むなら、その人も地獄に落ちます。頭隠してなんとやら、という言葉がありますが、そういう人は、告解をしても、ご聖体を跪いて口で受けても無駄です。常にひとつ、他に大罪があるじゃないですか。

 イエズス様の遺言を守らぬ人は、イエズス様の子ではありません。神の子でもありません。
 
 何らかの手段で布教に携わって下さい。家族にも隣人にも友人にも、布教をして下さい。まして、今の時代はネットもあるじゃないですか。恥ずかしがるのもどうかと思いますが、ネットであれば、恥ずかしくもなく布教ができます。それすらしない人が救われることは、不可能です。

 

 

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 Twitterで検索する限り、実際に殴ってみたという投稿が何件も見つかります。
 

 


 問題点はいくつかありますが、最も大きなことは、そこら辺の人ではなく(これでさえ、極めて大問題になるはずですが…)こともあろうに、神であり、子であらせられるイエズス・キリストご自身の像をわざわざ殴る為に作って、殴って楽しむという悪趣味さです。2000年前に行われた人類の大きな罪を、今、わざわざ、再現して繰り返しているのです。

 これは、大きな問題点ですが、他にも幾つもあります。

 東京芸術大学は国立大学です。美術や音楽など芸術分野では、日本で最高峰の大学です。いわば、芸術界の東大です。それはさることながら、要するに、私たちの税金で運営されている大学です。授業料も徴収されますが、国立ですので、極めて安く、運営にかかる費用の殆どは、ほぼ税金です。

 一般に芸術系の大学は、私立の場合、学費が極めて高いです。一年あたり200万円近くかかりますが、国立大学では53万5千円です。要するに経費の大部分が、国費由来、すなわち税金由来なのです。

 私達の収めた税金が、キリストへの冒涜に使われている。イエズス様への冒涜に使われている。納税者である私達は、幾重にも、正当に怒る権利があります。私も、去年は100万越え、今年も結構な額の所得税を納めました。来年も相当額の税金を納めることになりそうですが・・・。(※)

 日本国民は、ほぼ全員が納税者です。労働者は勿論、主婦や学生であっても、いまや消費税は高額ですから、やはり結構な額を実は納めているのです。その税金が、よりももよって、主へのひどい冒涜に使われている。私達には、幾重にも抗議し、要望する権利があります。

 再度掲載しますが、良識と節度を守って、しかしはっきりと関係諸機関に、このようなひどい展示は、私達、キリスト教徒の心情をひどく踏みにじるものであり、ぜひ、やめて貰えるよう要請しましょう。私達には、その権利があります。


(※ こんなことを書くのは、お前税金納めてないだろ、みたいなネットでよくある批判や侮辱を予防する為です。いえ、ちゃんと納めてますよ、と)

 

 芸大アートプラザの冒涜的なキリストサンドバッグについて、どこに抗議していいのかわからない、という問い合わせがあります。そこで、関係機関のウェブサイトの問い合わせページへのリンクを記載します。

芸大アートプラザ

artplaza-staff@movic.co.jp 
(上記ウェブサイトより引用)

 

Twitter:

https://twitter.com/artplaza_geidai

 

東京芸術大学ー 問い合わせ

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 Twitterを見る限りですと、キリストサンドバッグを実際に殴る人が沢山いたようです。

 これは、メディアに報じられた方がいいかもしれません。カトリック新聞やキリスト新聞、クリスチャントゥデイなどに取材を依頼しましょう。AFPやCNN、BBC、中央日報など日本語記事を出している海外報道機関に連絡してみてもいいかもしれません。

 

 

 

 

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 作品について、陳情をなさる場合は、くれぐれも違法な内容の文章を送ったりはしないで下さい。公序良俗等を守って、法的にホワイトな交渉をして下さい。

 

 なお、現にキリストを殴っている者が、大勢、出ているようです。

 

 

 

 

 

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