以下、引用↓
何某 · 東京工科大学
悪いんだけど、歩きたばこが当然一位だよねっていうのはちょっと違和感。昨今嫌煙権の主張が叫ばれるようになって喫煙者もかなり気を使うようになりました。だから、実際喫煙者が道を歩きながらタバコを吸っているシチュエーションっていうのはかなり減ったと思われます。また意外と歩きたばこって、現1位なんかと比べれば非喫煙者が避けようと思えば避けられるパターンが多いんじゃないかな、と。野外の歩道だしね。だからこのランキングにも反映されていない。
昨今「嫌煙ヒステリー」なんて言葉も耳にします。ようは少々から大いに過剰と思われるような嫌煙権の権利解釈・被害の主張ですよね。特に受動喫煙に関しては意思に限らず有害物質を吸わされているという常套句を用いられますが、ずっと危険な放射性物質や古い家屋、工場等の取り壊しで舞い上がったアスベスト(通常飛散防止処理は取られますが、それでも飛散します)や、食品添加物、NOx等の空中飛散物質、もはや国民病と呼ばれて久しいスギ花粉症、海産物に含まれる重金属の生態濃縮等への抗議は行っているのでしょうか?これらはたまに起きるたばこの受動喫煙よりずっとずっと危険なものです。「目の前にいる喫煙者が目に見える形で分かりやすい煙を吐き出している」から単に目の敵になるのだとしたら、ちょっと違和感を感じませんか?だって今あげたモノはすべて事実であるのにも関わらず「それは目に見えない、実感として薄いから反対しない」状態なんですよ?矛盾ですよね。
言葉は悪いかもしれませんが、自分は日本国首相が変わるたびに謝罪と賠償を要求してくる某国と同じ心理状態なのではと思ってしまいますね。どこまで行っても自らの立場と正当性を充足させるに飽くなき情熱と心血を注ぎ、完膚なきまでに根源たる喫煙者を叩きのめす。もはや嫌煙権の真っ当な主張や建設的意見の創出はどうでもよく、そこにあるのは他者攻撃行動のみで成り立っているアイデンティティ。あるものをあると認めお互いに冷静にならないと、前に進みませんよ。
引用 ここまで↑
想像力の欠如と論理のすり替え、以上。後は自分の頭で考えましょう。建設的反論をするのも馬鹿らしいので、ディベート形式にはしません。学力=知性ではないですね。