キャリア教育の視点から見た物理教育の在り方

http://www.nps.ed.jp/nara-c/gakushi/kiyou/h19/kiyou19.htm



記事とは直接関係のないメモ


生涯にわたって物理を使うような仕事に就く生徒はそう多くはないかもしれないが

物理を直接必要としない生徒にも物理教育は必要だと思う。

そう思う理由はいささか不純だけれど,

僕自身が物理が好きなことと,科学技術が国を創る,生活を豊かにすると信じているからだ。

科学が,物理が国を創ることを信ずる理由は,

近年の科学技術の発展によりつくられた現代社会が素晴らしいと感じるからだ。

こうなるともう主観でしかない,ロジックは存在しないけれど,とにかく科学は必要だという視点に立つ。

そういう視点に立った時に,

生涯にわたって物理を使わない仕事に就く人にも物理教育は必要だと思う。


恩着せがましい論理で展開するとすれば,

人は誰しも科学技術の恩恵を受けている。

恩恵を受ける人間がいるということは,恩恵を創りだす側の人間もいるわけだ。

コンセントに電源コードをさせば勝手に電気が供給されると勘違いしているかもしれないが

電気を家庭に届けるための送電線はどうやって組まれているのか

そもそも電気はどうやって作られるか理解しているか。

成果を使う側の人間も,その成果がどうやって生み出されているのか,

基本的な理解でいいから,知っておく必要があるのではないか。そう思う。

職業選択の自由

http://ten-navi.com/contents/keyword/s_32.php


近代社会よりも以前、人々は身分や職能集団(職人などの集団)、代々受け継がれてきた家の職業などの規制を受け、自由に職業を選択することができませんでした。そのため、近代社会の成立以後、職業選択の自由が、そのような封建的な制度や体制を解体するための重要な人権であるとされてきました。しかし、現代においては、職業選択の自由などの自由権と公共のための社会権とが対立するようになり、職業選択の自由は、どのような場合でも、すべてに優先されるわけではなく、むしろ公共の福祉の方が重要視され、公共の福祉による規制をしかれるようになっています。

★「しかし」と「ところが」の判別

共に逆説の接続詩で,判別が難しい。


ある辞書によると

・しかし→今まで述べてきた事柄を受けて,それと相反することを述べるときに用いる。

・ところが→前の事柄から予想されるものと相反する内容を導く。

だそうだ。さっぱり分からんけれど,どうも「ところが」には使用上の制限が存在するようだ。


★桃源=桃源郷と同義(すなわち,俗世を離れた別世界(平和で豊かな別世界)


★裁判員裁判

・....刑事訴訟手続きに関与することが司法に対する国民の理解の増進とその信頼の向上に資する...(裁判員の参加する刑事裁判に関する法律,第1条)

・裁判員:裁判官=6:3

・裁判員の役割は,「有罪,無罪の判断」と「量刑の判断」


★地方自治

・地方自治は「民主主義の学校」

・住民に認められている直接請求は,「イニシアティブ」と「リコール」

・地方公共団体は,その財産を管理し,事務を処理し...(日本国憲法,第94条)


★自由貿易

TPP:環太平洋戦略的経済連携協定(Trans-Pacific Partnership)

・2006年の発足時は,「シンガポール」「ブルネイ」「チリ」「ニュージーランド」

APEC:アジア太平洋経済協力会議(Asia-Pacific Economic Cooperation)

教職生活の全体を通じた教員の資質能力の総合的な向上方策について(答申)

平成24年8月28日


http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/1325092.htm


私的メモ

○教員免許状に関する内容

・国家試験の導入については、様々な課題があることから、中長期的検討課題とする

○いじめ・暴力行為・不登校等生徒指導上の諸課題への対応について理解を深める