木曽路 今様同行二人(その三)
妻籠宿寄りの木曽路に、私淑する良寛の歌碑がある(はず)。ところが、石碑探しによくあることで、これがなかなかみつからない。時間の制約もあって、探すのを断念したとはいえ、諦めきれないので、ここにその和歌を記すことにした。 この暮れのもの悲しきに若草の 妻呼びたてて小牡鹿鳴くも 良寛が、越後への帰路、この中仙道を旅していたのであった。夜聞く鹿の鳴き声はどこか物悲しいものだが、良寛はまだ知ることのない五合庵の日々を吟じたのかもしれない。静まり返る木曽路の渓谷に叫びのような鹿の声が聞こえたのであろう。俳人でもある酒井抱一は絶句とされるそ の一句でやはり鹿を詠んでいる。 鹿の来てならすや菴(いほ)の楢紅葉 木曽路は隠逸の庵を結ぶようにと人を誘うのであろうか。多くの文人、作家が中仙道へと誘われてきた。須原宿を訪れ、仏師の妖しげな恋物語を描いた小説『風流仏』を著した幸田露伴。その文学碑がJR駅前に建つ。日本各地を乞食行脚した種田山頭火もこの地を訪れ、木曽路の風物詩を詠っている。 たまたま詣でて木曽は花まつり 松尾芭蕉は、かつて木曽路の道中で目にした桜を思いおこして、旅へとはやる気持ちを表白したのであった。 思ひ出す木曽や四月の桜狩この句碑は国道19号線沿いにある。アスファルトの道は、徒歩か馬で旅した旧中仙道に並行し、時間を惜しむように直線的に走る。木曽路へのなつかしい誘いが、車のエンジン音にかき消されそうになる。