最近、自分の考えとか思いは、極力さまざまな形でアウトプットするべきやなと感じています。

それはなんでもいいと思います。

自分自身の備忘録のようなものでも、日記でも、それこそアメブロでも(笑)

私はこのブログはもちろん、最近はTwitter等でもアウトプットするようにしています。

アウトプットするということは、自分が見たり、聞いたり、体験したりした事を出すので

自分の心の中を整理できる

もんやと思います。

で!

アウトプットする時のポイントは

他人がどう思うかは気にしないこと

やと感じました。

もちろん、社会常識や道徳の範囲内でというのは言うまでもありませんが。

ただ、

「これを言うたら変に思われるかも」
「自分の株が下がるんやないか」

とか、そんなのは全然気にする必要ないって事です。

要は他人に気ぃ使ってたらホンマのアウトプットができません。

偽りの自分をアウトプットしても仕方ありません。

他人に嘘をつくより自分に嘘をつく方があとでしんどい

です。

だから気にする必要なんかないんです。

最近身をもって体感しました(^^;

なので!

今までも好き勝手書かせてもらってきましたが、これからはもっと好き勝手書かせてもらうと思いますので、宜しくお願いします(笑)

では、最後までお読みいただきありがとうございました(^-^)
結局

・憧れのあの人も
・凄いと思うあの人も

結局みんな何かを背負って、悩んでるんです。

「凄いな~」

と思ってるところなんかは、

その人の人生の一部を切り取って見てるだけ

で、そこを自分と比較してるにだけにすぎないんですよね。

結局、同じなんですよみんな!

甘えたらアカンよ、って話。

なので、他人が羨ましいと思ったら

・自分の価値あると思うもの
・他人からうらやましがられること

って何か?を一度考えるようにしています。

人間、どうしても他人と比較したり、羨ましく思うのは仕方ないと思います。

それを踏まえた上で

自分にも他人からうらやましがられる何かが必ずある

という事を忘れない方がいいと感じています。

みんな善し悪しがあるのは同じなんです。

結局、なんぼ足掻いても、そんな自分と付き合わなきゃいけないですしね(笑)

他人の人生を生きることはできないので!

だから、私としては

自分を心から好きになる事

ができれば一番いいのかなと思っています。

でも、もしそれが難しければ、

自分の好きなところには自信を持つ

だけでも、人生は変わると思います☆

では、最後までお読みいただきありがとうございました(^-^)
前回の

「他人が羨ましいと思う」

という話の続きですが、言うてしまうと

悩みがない人なんかいない

のです。

それは

・お金持ちだろうがそうでなかろうが
・学歴あろうがなかろうが
・有名だろうが無名であろうが

みんなそれぞれに悩みはあるんです。

だから、もし仮に他人の人生を生きる事ができたとしても、悩みは消えないと思います。

むしろ!

今の自分の物の見方や考え方が変わらない限り、別の人生を生きても、全く同じところで悩むのがオチやと思います。

前回も書きましたが、あなたが今

・どんな生き方をしているか
・幸せかどうか

に関係なく、

あなたの人生を羨ましいと思っている人もいる

のです。

あなたに色々あって、何かを背負って生きていたとしても、その一部だけを切り取って見れば

「羨ましい!」

と思えるシーンが必ずあるんです。

苦しい事やしんどい事の方が多いと思っても、良いこともあるはずです。

なので、自分のそこに視線を合わせて見れたらちょっとは楽になるのかな?

と思います☆

では、最後までお読みいただきありがとうございました(^-^)

・・・つづく
「隣の芝生は青く見える」

という言葉がありますが、これはホンマやと思います。

あなたも他人の事を羨ましく思えることってありませんか?

ホンマのところはそうでもないと思うんですが、そう見えてしまうのです。

特に!

自分が上手くいってない時ほど他人の事が良く見えるんですよね~!

比較する必要なんてないのに、自分と他人を比較してしまい、自分より優れているところを探してしまう。

自分ができないことや、自分に足りないところを比較して羨ましく思ってしまうのです。

でも!

逆に、他人から見たら、

自分も羨ましがられていることもある

という事も知っておいて欲しいです。

誰にでも、他人から見えたら良く見えるものがあったり、自分や別の他人から見たらそうでもない事もあるもんやと思います。

ましてや、他人から羨ましがられている一方で、本人は

・実は重い病気を抱えていたり
・仕事で大きく悩んでいたり

などの重い悩みを抱えている事だってあるわけです。

ただ、そんな事はハタから見ればわかりません。

結局、人は表層的なところでしか見ない傾向にあるので。

要は、羨ましく見える人でも

何かしら背負ってるし悩みもある

んです。

そして、

自分が他人に憧れるように、自分も他人から憧れられている事もある

という事も知っておいて下さい☆

では、最後までお読みいただきありがとうございました(^-^)

・・・つづく(笑)

前々回からの

【自分都合でのありがた迷惑な行為】

についての続きですが

「もしかしたら自分がそうかも知れないけどわからない」

と感じた場合、どうすればいいか?

それは簡単な話で、

逆の立場になって考えてみればいい

のです。

あなただって求めてもいないもの与えられて、それに対して何か見返りを求められたら困りますよね?(^^;

それだけの話です。

これは何も物質的なものに限った話ではありません。

言葉や態度、ふるまいなどすべてに共通の事です。

相手の事、相手が求めているものを知った上で、それに応じて与えればいいのです。

それと同時に!

自分がそれを与えられる

という事も、相手に伝えておくのも大切かと思います。

・自分は何ができる人なのか
・自分が何を与えられる人なのか

を。

ここまで来て初めて、

相手が求めている事



自分が与えられる事

を合致させる事ができます。

それを踏まえた上で、まずは自分から与えられるものを与えればいいのではないでしょうか?

私は、この問題については、たいがいそれで解決すると考えています。

でも、実は!

ほとんどの人は日常生活の中では意識せずにそうできてると思います。

それが、

・相手を思うあまり
・結果を急ごうとするあまり
・そして不安や恐れを感じるあまり

つい忘れる事がある、というだけかと思います。

その結果として、相手の求めているもの飛ばしてしまい、、自分の独りよがりで、とにかく何かを与えたくなってしまう。

そして、それはもちろん受け入れられず、ますますエスカレートして・・・

さらには拒否されて、最後は決裂してしまう。

こんな感じなのかと思っています。

なので

・どうも噛み合わない
・気持ちが伝わらない
・与えても返ってこない

そんな時は、落ち着いて考えてみればいいのです。

「自分がやっている事は相手が求めてる事だろうか?」
「自分が何ができるかを相手は知っていか?」
「自分の事を相手に伝え、相手を理解しようとしているか?」

という感じで。

いずれにしても!

独りよがりの行為は、誰も受け取らないし、逆に迷惑になるという事です。

さっきも書きましたが、

相手の求めている事



自分が与えられる事

をよく知るべきやと思います☆

では、自分都合でのありがた迷惑のテーマはこれで完結にします!

最後までお読みいただきありがとうございました(^-^)
前回は

相手が望んでない事の押しつけ

に注意しましょう、という事を書きました。

相手都合ではなく、自分都合での押し付け。

もちろん

・自分が誰かのために力を尽くす
・自分から何かを与える

という事は大事なことやと思います。

でも、それが相手の求めている事でなければ、自己満足のありがた迷惑やという事ですね。

結局、自分の行為によって相手が喜んだり、助かったり、笑顔にならなければ意味がないのです。

なので、一見

・相手のために力を尽くしている
・相手のために与えている

ようでも、実は単なる自己満足で勘違いしている事が無いようにしていきたいものです。

それでいて

「何か返してくれよ」
「こんなに尽くしたのに返ってこない」

と言うても相手は何も返してくれませんよね(^^;

では!

そんな一方的な自分都合での押し付けにならないためには?

それは

相手を知る事

です。

まずは相手の事を理解しなければならないですね。

とは言え、いきなり相手の事を理解するのは難しければ、まずは

理解をしようとする努力

から始めることです。

そこを飛ばして、何か与えると、自己満足のありがた迷惑で終わる可能性が高いです。

こんな話をしていると

「相手はオレの与えるものはありがたく受け取ってればいいんだ!」

という意見も出てきます。

でも、そういう人は

信頼できる人間関係を作りたい

のではなく、

相手が自分に従順な人間になって欲しい

という思いである可能性が高いので、恋愛関係でも友人関係でもトラブルが絶えないはずです。

もちろん、私は、信頼できる人間関係を作りたいので、自己満足のありがた迷惑にならないように、相手を知る努力をしようと思います!

では、最後までお読みいただきありがとうございました(^-^)

・・・続く(笑)
あなたは

求めてもいないもの

・・・というよりも、

いらないもの

を与えられても

「嬉しい」

とは思わないですよね?

むしろ

「迷惑や」

と思う事もあるでしょう。

もちろん、気遣いという行為自体はありがたいし、感謝はしたいと思います。

でもそれだけ。

それだけなんですよ。

しかも!

それが相手都合の押し付けやったりしたら、正直、かなり困るのが本音じゃないですか?(^^;

ここまで来ると、ありがたいとか感謝とかも言うてられなくなって、

「お願いやから構わんといて、関わらないで(>_<)」

になります。

さらに相手に

「オレはお前の事をこれだけ考えてるんだ!」

と言われたところで、

考えてくれなんて頼んでない

というオチがあったり。

それは、こちらが応える義務もなければ、そもそも応えたいとも思えないですよね。

やって欲しいなんて頼んでなくて、そもそも求めてなくて、勝手にやられて

「オレはこれだけやった!」

これには参ります(^^;

なので!

何でもかんでも与えれば返ってくるとか思ったら大間違い

です。

求められてもいないものを、なんぼ与えても、何の意味もありません。

意味がないだけならまだマシで、最悪なパターンは相手に大迷惑。

要は

相手都合やなしに、自分都合はアカンで

という話です。

では、最後までお読みいただきありがとうございました(^-^)

たぶん、次回に続きます(笑)
4部作の最終章です!

前回は

他人の意見に左右されるくらいなら最初からやらない方がマシ

という事を書きました。

4つの記事をまとめると

自分の好きに自分の為に生きましょうよ

って話です。

もちろん!

社会的な常識や道徳という範囲中でですよ(笑)

しかし!

この常識や道徳というのが、なかなか厄介なので、要注意です。

この辺の話もホンマはしたいんですが、テーマが変わるので、また今度書きたいとは思ってます。

要は!

社会正義に反する事がなければ、自分がそうしたいと思った事はすればいい

と思うんですね。

周りには冷ややかな目で見る人がいるかも知れないし、反対する人もいるかも知れないです。

でもですよ?

それは何をやったって同じ事やと思うんです。

例えば、よかれと思って募金をしたとしても、

・偽善者呼ばわりする人

もいれば、募金をしなければしないで

・ケチ呼ばわりする人

もいるという事です。

万人に認めてもらう事なんか無理

やというのが結論です。

記事のタイトルを裏切ってすみません(笑)

だから、他人の顔色なんて風景の一部であり、他人の声はBGMの一つくらいに思えばいいんです。

繋がりの深い人以外は、多少スルーしてても、これといった影響は無いと思います。

この先、たいして関わりもなさそうな他人に左右されるのではなく、自分の人生を生きた方が、何より自分自身に納得感もありますよね。

というわけで!

私はこんな事を書いていますが、あなたがこれを読んでからどうするか?

という事も最後はあなた自身で決めることです(笑)

・考え方を変える?変えない?
・行動を変える?変えない?

そしてそれを決めて責任をとるのもあなた自身です☆

私は、自分が

「書きたい!」
「伝えたい!」

と思って好きに書いています。

少なくとも、私は今、好きに生きています。

あなたはどうしますか?

ではでは、最後までお読みいただきありがとうございました(^-^)
前回は

「誰のために生きてる?」

というテーマで書きました。

その続きで。

もちろん、実際には周りや他人との折り合いをつけなければならない事もあります。

人間、みんな一人で生きてるわけではないので。

ですから、それが不本意でもやらなければならない事もあれば、空気も読まなければならない事もあるのも事実です。

でも、そこばかり気にしてたら行動が止まるという話です。

どこまで比重を置くか、バランスが大切。

折り合いがつくことならつければいいと思います。

折り合いつかなかったり。考えすぎてややこしい事は、私は一度原点に戻ります。

要は、色々な条件を絡めて考えるから複雑に感じるだけで、

実は答えは常に自分の中にある

と思っています。

というよりも、自分の中にしかないのかなと。

世間知らずの子供ならともかく、私はもういい大人ななので、

自分が何がしたくて何が好きか?

をきちんと把握しておくべきで、それを他人の意見や世間の目を気にして諦めるか?って事です。

これは、諦めるのが悪いとか、そういう話ではなく、

他人の意見などによって諦めたりするくらいなら最初から何も望まない方がマシ

やという話です。

その方が自分にとってもストレスがないし、諦める時の傷を負う事もありませんから。

極端な話、他人の顔色だけを見て生きる毎日です。

それが幸せならそれでいいと思います。

でも、他人の顔色を見たところで、その相手はあなたの事をそれほど考えてくれるでしょうか?責任は取ってくれるでしょうか?

なので!

他人の顔色を見て生活し、後になってから

「あの人のためにそうしたのに」

など、泣きごとを言うても意味はありません。

どれだけ泣いてもわめいても救われません(>_<)

それもこれも結局は

それを選んだ自分の責任

なのです。

長くなりましたので、続きはまた次回で!

初めての4部作(笑)

では、お読みいただきありがとうございました(^-^)
前回は

「周りや他人が自分をどう思ってるか?」

は気になるけど、実際は、

自分が自分をどう思っているか?」

の方が大事やという話をしました。

結局最後は自分で決めなダメで、その責任は自分でとるしかないという話。

その上で、

周りの意見に流されず、でも耳は傾けて参考にする

のも大切やと。

で、この話を掘り下げたかったので、今回です☆

まず、

「誰のために生きてるのか?」

という事も考える必要があると思います。

私は

・自分のため

という答えが思いつきますが、中には

・子供のため
・家族のため

などという答えもあるでしょう。

でも、

そうしたいと思って、そう決めてるのも自分

だということです。

なので、言うてしまえば子供のため、家族のためという答えも、結局は自分自身のためなんやと思います。

もちろん、子供や家族などの大切だと思う人のために生きるのがいいとか悪いとかの話ではありません。

確かに、ときには大切な人の想いをもとに判断した方がいい事もありますから。

問題なのは、

子供や家族を言い訳にする

事や

たいして関わりもないような人たち流されて判断してたりしてしまう

事です。

・無責任に言い放しの周りの人に意見に右往左往してみたり
・その場で相手の機嫌を取るために無意味に気を使ったり
・嫌われたくないためだけに望まない選択をしてみたり

などなど。

こういう感じやと、あなたは誰の人生を生きようとしてるのですか?となります。

でも、これも言ってしまえば

望まない選択をするという選択も自分自身でしている

わけなんですけどね。

というわけで、2回目の今回は

自分の人生を生きたいですね!

という話でした。

このテーマも次回で完結させたいと思いますが、まだ続くかも知れません(笑)

2回目は終了です☆

では、お読みいただきありがとうございました(^-^)