中国の旅から 昆成鉄道と石原発言
四川大地震が気になって仕方ない私です。
石原都知事のちょっとビックリするような発言を見つけ、思い出したことがありましたので記録しておきます。
石原知事
「四川省は原爆のメッカ」
5月19日22時51分配信 産経新聞
「四川省は原爆のメッカだからな」。東京都の石原慎太郎知事は19日、訪問先の台北で、中国・四川大地震について、中国政府が当初、各国からの援助隊派遣を断っていた事情について、こう解説してみせた。
石原知事は同日、馬英九新総統の就任式に出席するため、知事就任以来7度目の台湾入り。同日午後にはこの日、総統任期の最後の日を迎えた陳水扁総統と会談。陳総統の前で「台湾は自由社会だ」とベタ褒めし、筋金入りの“親台派”ぶりを見せつけた。
石原知事は会談で、「台湾の個性」を強調した陳総統のメッセージに心を打たれた様子で、会談終了後には報道陣に対し得意の中国批判をすかさず開始した。
まずは、日本と台湾のマリンスポーツ交流のアイデアを披露した上で、「発展途上国とは様子がだいぶ違うから、これだけの消費性のある社会になれば若い人たちのホビーが経済的に膨らんでいく。そんな手伝いは簡単にできますよ。中国だったらできないね。そんな余裕ないんだから」と述べた。
さらに、四川大地震については「本当にお気の毒だ」とした上で、「四川省は原爆のメッカだからな。核の装備、施設全部あそこにあるんだからね。援助(を受ける)という形で簡単にオープンにできない節もあったのだろう」と、中国政府の事情を独自“分析”。「災害対策はぜんぜん進んでないし、危機管理の能力がない」とバッサリ切り捨てた。
この記事を、読んでいて昆成鉄道のことを思い出しました。
雲南省の省都昆明と四川省の省都成都を結ぶこの鉄道は高原を走る風光明媚な路線で知られているということでした。
それよりも、私はずっと気になっていることがありました。
この鉄道の四川省エリアは
「軍事的要因により写真撮影を禁ずる」というものでした。
もちろん、発見された場合のフィルムは没収ということでした。
素人の私はこういう表記に弱く、
軍事的要因を探そうと目を凝らしましたが
どこが軍事的なのか全く気づきませんでした。
石原都知事の発言を読んで本当にいつもながらの発言と思いましたが
「四川省は原爆のメッカだからな。
核の装備、施設全部あそこにあるんだからね。
援助(を受ける)という形で簡単にオープンにできない節もあったのだろう」
ここにはドッキとさせられました。
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中国の旅から ~困った時のブラックマーケット②~
〈つづきです〉
私の滞在中、
桂林の空はいつも曇天!
夜は寒い!
ホテルの部屋の暖房は弱い!
シャワーは水!
寒さと疲れで体調は悪くなる一方でした。
そんな時、
人民コート(人民解放軍)を買おう!
そして寒さだけは、しのごう!
これが唯一、この街で今私にできることでした。
早速、服屋や雑貨屋をまわったのですが
少し前に駅で知り合ったおじさんが
着ていた人民コートと比べると
どうも薄っぺらでつくりが粗末。
私の知っている人民コートは
せんべい布団をそのまま着るような
分厚い綿入りで機能性を考えていないシロモノでした。
ただ、暖かそうというものでした。
無いな・・・分厚い人民コート・・・。
こんな時はクイリン・カフェのおじさん
に聞いてみよう!(※5月12日のブログに登場)
私は、クイリン・カフェに直行しました。
お「ニーハオ、ミスターちゃおぷらやん」
私「おはようございます。社長ー」
お「朝からチャーハンする。」
私「する。する。チャーハンとお腹にやさしいスープ」
お「じゃー卵だけのスープね」
・・・・・などと話をしながら、
私「トイプチー」
お「おーっ!中国語できましたね!」
私「中国語、ここまで!・・・・ところで
私、人民コートほしい。買いたい。でも売っていない」
お「売ってるよ!友誼商店行ってみて」
私「友誼商店も行った!そこで教えてくれた服屋も行った。
でも、無かった。」
お「あるよ。あるよ。ちょっと待ってて」
おじさんはそういいながら
人民コートを着て出てきました。
お「これ!」
と言って指さしました。
私「・・・」
とおじさんのコートを指さしました。
そして、
私の知っている人民コートを詳細に説明しました。
すると、
お「それは売っていない」
私「じゃあ、買えないの?」
お「買えない。売ってないから。
でも、どうしてほしい?
重い!かさばる!日本人着てない!」
私「暖かい!寒くない!布団みたい!」
と訳のわからない理由を述べました。
お「もっとカッコイイジャンパーあるよ。
香港の。買う?」
私「いらない!私は人民コートがほしい!」
お「売ってない!どうして買いたい?カッコ悪いよ」
私「暖かいのほしい」
お「ジャンパーあたたかいよ」
私「ジャンパーいらない!
人民コートほしい!でも売ってない」
お「そう、売ってない。買えない。
でも、私、買える!買うことできる!」
私「ほんとう!本物?」
お「人民軍の払い下げね。
売ってない。でもミスターちゃおぷらやん買えるね」
私「そう、あなた、日本人の見方、
なんでもできる!NO.1ブラックマーケット!」
お「ミスターちゃおぷら・・・、何時、夜部屋いる?
知り合い人民コート持って部屋行く」
私「おー!すぐ、部屋に帰るよ」
お「ちがう、ちがうよ、夜ね」
私「ずっといる。待ってる」
お「じゃあ、7時ね。他にお願いないか?」
私「切符・・・。」
お「私の知り合いに相談ね」
午後7時、私の部屋にあらわれた
おじさんの知り合いの
ブラックマーケットさんは
20代前半といったお兄さんでした。
噂を聞きつけ私の部屋には
5,6人のバックパッカー仲間が集まっていました。
ナイロンを編んだような大きな袋を抱えて入ってきました。
袋の中には人民コート。
日本人に囲まれ緊張ぎみのお兄さんは
ソファーに座るとすぐに人民コートを取り出し
私に見せました。
私「本物?}
兄「本物、ここ見て、このスタンプとマーク本物、わかります。」
布団のような分厚いコートの裏地に確かに製造に関わるスタンプと中国共産党のような星のスタンプがおされていました。
私「着ていい?」
兄「どうぞ」
一同「うわー、ダセイ!」
私「ホント、ダサイ!」
一同「わはは」
みんな楽しみながら試着しては
批評し合いました。
本当に誰が好んで着るものかといった感じでしたが、
確かに私がほしかったモノでした。
A「だれも日本人買わないぞ」
B「邪魔になるぞ、重いし」
C「でも、意外にいいかも!
みんな見慣れてくるといいかもよ」
D「ちゃお君、買うの?」
私「買うよ!もちろん買うよ!
いくら?」
兄「28元」
※実は正確な数字を覚えていません
私「日本円だと・・・3600円ぐらいか・・」
兄「安いのあるよ」
そういって、袋から別のコートを取り出しました。
それは、色からして違います。
私がほしいのは毛沢東さんが着ていた色のコートです。
せんべい布団のような人民コートがほしかったのです。
値段は10元以上違っていました。
私は、兌換券で払うことを条件で格安で購入しました。
それから、
いくら並んでも鉄道の乗車券を買えないので
乗車券をお願いしました。
乗車券は手に入れることが大変らしく
軟臥、硬臥は手に入らず、
2日後の硬座が2枚、いついつの硬座が1枚と
いうように見つけてくれました。
代金は、人民料金を兌換券で
払うというものだったので私たち外国人には
うれしい限りでした。
〈追記〉
実際、はじめて手に入れた乗車券は
列車が混みすぎて乗ることができませんでした。
※1月6日のブログを是非読んでいただきたい
それから、人民コートはフレームザックの一番上に
くくりつけて帰国しました。
重い荷物は邪魔と「地球の歩き方」でさえ、
旅の終わった箇所は捨ててきたんですが・・・。
それから、それからこの人民コート、
知り合いの劇団に数回貸出をしましたが、
私が袖を通すことは帰国後は一度もありませんでした。
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中国の旅から ~困った時のブラックマーケット①~
1984年の桂林の冬は寒く
セーターに薄手のジャンパーでは
寒がりの私には、どうしても耐え難いものがありました。
当初、2日ほどの滞在で暖かい昆明に移動する予定でしたが
移動できず、いつ乗車券が購入できるかわからない状況でした。
桂林駅ではこんなやりとりがありました。
1日目
並んで並んでやっと順番が来ると
私「明天(明日) 昆明 硬座 」などと
書いたメモを窓口に渡します。
窓口「ない、明日来なさい」
2日目
並んで並んでやっと順番が来ると
私「明天(明日) 昆明 硬座 」などと
書いたメモをまた、窓口に渡します。
窓口「ない、明日来なさい」
私「明後日、明明後日、3日後・・・・いつある」
などとメモに書く。
窓口「ない」
私「ない?窓口開いてる。どうして無い?」
窓口「ない!」
そういって後ろの人を手招き![]()
なんだこれは![]()
「沈有」には慣れていましたが
窓口は開いている。
でも乗車券はない。
明日来い。
なんだこれは![]()
でもこれが当時の中国の当たり前だったんです。
私だけではありません。
桂林で足止めを食らった多くのバックパッカーは
みんなこんな経験をしていました。
当時の中国は中越国境で紛争があり
兵士の輸送で乗車券が入りにくいという情報も聞きましたが、
ことの真偽は定かではありませんでした。
金銭的に余裕のあるバックパッカーは
飛行機での移動を、いとも簡単に成し遂げていきました。
空はいつも曇天!
夜は寒い!
ホテルの部屋の暖房は弱い!
シャワーは水!
寒さと疲れで体調は悪くなる一方でした。
そんな時、
人民コート(人民軍)を買おう!
そして寒さだけはしのごう!
これが唯一、この街で今私にできることでした。
〈つづく 困った時のブラックマーケット②へ〉
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