先週、錦秋名古屋顔見世に遠征してきました

夜の部に「菅原伝授手習鑑ー寺子屋」があって、片岡仁左衛門さんの松王丸が一番のお目当でした。

松王丸の女房・千代片岡孝太郎さん、武部源蔵市川染五郎さん、女房・戸浪中村梅枝さん。

仁左衛門さんの松王丸は、武士の厳しさと、ヒューマンな心を持った一人の人間・松王丸を、細やかな感情表現と、指先まで神経が行き届いた演技で浮き彫りにしてくれました。

威厳があって、裏切り者の濡れ衣を着ても、我が子の首を犠牲にしてまでも、主君のお家に伝わる筆法を守る大義と、そのための若君菅秀才を守る忠義に生きた武士。

その裏では、我が子を喪った悲しみに、感情を顕に大泣きする人間らしさを持った父親でもあり、苛酷な運命を妻と共に生きる覚悟をした一人の男。

ああ、松王丸ってこういう人なんだなと、今まで観た何人もの役者さんの松王丸と合わせて、よく知ることができました。人間味溢れるヒーロー！

仁左衛門さんは役の気持ちをしっかり演じ分けているので、役の人物がよく浮き彫りにされます。

一人の人間の中にある相反する要素の演じ分け、相手による演じ分け。例えば厳しい武士でも、役人に対する時と妻に対する時では、厳しさを表す睨みは一辺倒ではなく見えます。

声も調子も自分の得意を押し通していなくて、役に合わせて変えているのに、結果、仁左衛門さんらしさが滲み出るところが流石です。

だから仁左衛門さんの舞台では、厳しくされても相手の女方さんが怖がって見えないし、恋しがる時は本当に恋しそうだし、いつも舞台に暖かみが感じられるし、熱っぽくも、時に凍るようにも変わるのだと思います。

つくづく、この方は相手と役に合わせていて、一人で芝居していないなと思います。その謙虚さと繊細さと実力のバランス。研究熱心さ、人柄、生きる姿勢。容姿や華だけではないところに魅力を感じます。

相手役・千代の片岡孝太郎さんも、松王丸の女房に相応しい品格があって、覚悟の上とはいえ、子を亡くした母親の悲しさ、悔しさの嘆きが観ていて痛々しくなる程でした。

同じ作品をいろいろな役者さんで観ると、細かい演技の違いに気付きます。役者さんごとの解釈の違いで微妙に変わるのだと思いますが、観る側としては、その差が人物の気持ちや性格を考えるヒントなったりして、また面白いです。

「寺子屋」は、松王丸・千代と、源蔵・戸浪の2組の夫婦の物語でもあります。

個人的には宮仕えの身で、突然子殺しの罪を負わざるを得なくなってしまった源蔵・戸浪の不幸に同情して、この夫婦の方が好きなのですが、今回は断然松王丸・千代派でした。

YouTubeに載っている仁左衛門さんの源蔵、中村勘三郎さんの戸浪の回は、断然源蔵・戸浪派だったので、個人的にこの2組の夫婦の綱引きが寺子屋を観る楽しみの一つでもあります。

違う役者さんで観るたび、見所や感じどころが変わって、この狂言て本当に深いなと思います。

「品川心中」は落語を素材にしたお話。

心中といいながら、結構笑えて、やがてしんみり、最後は夫婦の愛情を感じさせるお話でした。

元は大店の若旦那(市川染五郎さん)が、放蕩の末に勘当されされて太鼓持ちに。生来、軟弱いい加減なため、しっかり者の女房(中村梅枝さん)との夫婦喧嘩が絶えず、芸者と心中する羽目になるところが……？なお話。

染五郎さんの声や台詞回しが、中村勘三郎さんそっくりなのが驚いてしまった。

染五郎さんは寺子屋の源蔵のシリアスな役よりも、この太鼓持ちのコミカルな役の方がずっと生き生き、楽しそうに演じている気がしました。

(源蔵、期待したのだけど…>_<。相手が仁左衛門さんの松王丸だったから、そう見えてしまったのかもしれません)

中村梅枝さんて、町人の女房でも、亭主を怒鳴る喧嘩をしても、やっぱりどこか品があって綺麗。好きな女形さん！

最後は、染五郎さんがレナード衛藤さん張りの太鼓叩きで、明るい雰囲気のエンディングで素敵でした。

中村時蔵さんの「英執着獅子」は、女形の獅子ということで、毛振りも牝獅子なのかなと思いながら観ていました。珍しい作品を観られてよかったです。

錦秋名古屋顔見世・夜の部、見所十分なものから、コミカルな演目もあって、楽しい公演でした！