お久しぶりです。

時間は経ってしまうとあっという間で、前回の更新から1年以上が過ぎていました。



昨年2017年10月に腫瘍摘出、ひざ関節の人工関節を入れる手術が成功。

それから術後の抗がん剤治療を終えて、無事に今年2018年4月に本退院することができました。



約10ヶ月の入院生活でした。

その間に15回の抗がん剤治療を受けました。



コメントを下さった方、応援してくれた方、本当にありがとうございました!


病気と闘っている方のブログからはいつも元気をもらっていました。



そして、先日は術後3回目の定期検診でした。



骨肉腫は退院後、3ヶ月に一度定期検診があります。

もっとも気がかりなのが、再発、そして肺への転移です。



これだけの頻度で検査をするということは、それだけ転移が多い癌ということなのでしょう。



結果は無事クリア、問題なしでした!



でも定期検診の回数も重ねるごとに、次は何か見つかるかも知れないという思いが、どんどん強まっていきます。



こんな思いとずっと付き合っていかなければならないと思うと、なんて忌々しい病気なんでしょうか。



この1年以上更新されていないこのブログでさえ、未だにアクセスしてくれている方がいます。


この病気になるまで、骨肉腫なんて、名前だけどこかで少し聞いたことがあるくらいでしたが、

世の中にはこの病気と闘って、情報を求めている人が少なくないのだと感じています。



更新の頻度は決して高くはないと思いますが、少しずつでも、僕の治療の記録をシェアできたらと思います。


骨肉腫と一緒に生きている人

こんなしょーもない病気に負けず乗り越えていきましょうねグー


今日はここまで。

皆さん、こんにちは!


 

今回は、レントゲンやMRI画像に写った骨腫瘍が、本当に悪性なのかどうか最終的に判断するために行う「生検(生体検査手術)」について書きたいと思います。

 


生検とは、細胞の一部を切り取り、腫瘍の正体を病理の先生が詳しく調べることで明らかにする検査です。

これにより正確な診断結果を出すことができ、骨肉腫の場合は、その腫瘍がどこから発生したのか原発元まで分かります。

 

細胞の一部を取ると言っても、骨の一部を切り取るため、2時間弱の手術は必要になります。

 


「ちょっと切るだけだから安心してねー」と先生に何度も言われましたが、入院すらしたことがなかった僕にとって、全身麻酔での手術はかなり緊張しました...

 

 

手術前日の朝から入院。

今までの検査はすべて外来で行っていたため、お世話になる大学病院への入院は今回が初めて。

書類の記入等何かとばたばたした覚えがあります。

 

そのあとは、主治医の先生から手術の説明や麻酔科の先生、オペ看護師さん、薬剤師など、手術に関わる方が代わる代わる病室に挨拶に来てくれました。

 

病院での初めての夜は、意外とすんなり寝れました、ベットは堅かったですが...

 

 

手術は、午前11時の予定でした。

食べ物は午前4時まで、飲み物は午前7時まで大丈夫だったと思います。

 

手術室から呼び出しがあり、いよいよ入室。

 

入室してから10分ほど時間があり、徹底的な本人確認後は、看護師さんや麻酔科の先生がいろんな話をしてくれて緊張をほぐしてくれたのが嬉しかった覚えがあります。

 

そして、手術台へ。

腕への点滴や心電図などをつけていきます。

最後にマスクをつけました、これが息苦しかった...

 

「じゃ、麻酔入れていきますね、まずゆっくり深呼吸3回してください。はい、ではだんだん眠くなっていきますよー」

 

言われた瞬間もやもや~とした感覚が走ったと思ったら、次の瞬間

 

「起きてください!大丈夫ですか?無事終わりましたからねー」

 

タイムスリップした感覚で、全身麻酔のすごさを体感。

リカバリールームで意識がはっきりしてくると、足の痛みと吐き気が。

吐きそうだったのですぐに横にしてもらいました。

 

全身麻酔が解け、臓器が動き出すと、その反動でほとんどの方が吐き気を催すみたいです。

 


その後病室に戻り夜まで寝ました。

足には血栓防止のマッサージ機がつけられ、一定間隔で「シュパー、プシュー」を繰り返していました。

熱も39度まで上げりましたが、点滴を入れればすぐ微熱に落ち着きました。

 

20時頃には、おにぎりとミカンを食べることができました。

 

包帯でぐるぐる巻きにされた左足からは、血を抜くための管が。

これ大丈夫なのかと思いましたが、「ドレーン」といって、傷口周辺に溜まった血液など良くないものを対外に放出して、治癒を早める目的があるみたいです。

 

分かっていても小さいタンクに血がたまっていくのを見るのにいい気はしませんが(笑)

 

 

手術翌日にはドレーン、マッサージ器具が外れ、トイレにも松葉杖でいけるようになりました。

その翌日には点滴も外れて、足の痛みも落ちついてきました。

傷口も4センチほどで、ほとんど塞がっていました。

 


病理検査の結果が返ってくるまで、1週間ほどかかるらしいので、その間は退院することにしました。

結局手術から5日間ほどで退院でした。


 

骨肉腫という確定診断を出すだけでも大掛かりです。

幸運で実は良性だったていう可能性も0な訳ではないですからね!


 

でも「ゲフリール」といって、手術中に取った細胞をすぐに顕微鏡で見て、ひとまず悪性か良性かの判断をするんですね。

 

手術の夜には、主治医の先生から「残念だけど、ゲフリールでは悪性だったよ」とはっきり言われたので期待は全くしなかったですけど(笑)


 

以上が僕の人生最初の入院、手術でした。

少しでも参考になるところがあれば嬉しいです。

 

次回は、骨肉腫の抗がん剤治療する上では避けられない「不妊」について書いてみようと思います。


この歳で将来の子供のことを考えることになるとは夢にも思わなかったですが、抗がん剤には将来に大きく影響する辛い副作用もあるのです。

 

ただ今日からメソトレキサートの投与が始まるので次回の更新は少し遅れるかもしれません。

 

本日も最後まで読んで頂き、ありがとうございました!

こんにちは!

 

まだまだ暑い日が続いてるみたいですね...

病院内は、外の暑さとは無関係の生活のため快適といえばそうですが、季節感が感じられないのも寂しい感じがします。

 

 

さて、今回は骨肉腫だと発覚するまでのことをざっくり書けたらいいなと思っています。

治療が始まるまでの話は皆さん個々で違うと思うので、どうでもいいっちゃいいですよね(笑)

 

ただ今考えると、僕の人生の中では、悔やんでも悔やみきれない数か月になってしまったように思います。


なぜもっと早く精密検査を受けなかったんだ、歩くのに支障が出るほど痛いのにずっと放置してる馬鹿がいるか、と数カ月前の自分を怒鳴りつけてやりたい気持ちです。

 

 

最初はほんとに少しだけの左ひざの違和感から始まりました。

2017年3月上旬の話です。

 

そこからすぐ近くの個人整形外科に受診、、

レントゲンで少し影が映り異変を指摘されましたが、経過観察することになりました。

 

最初の病院の先生に恨みはありません、良くなかったのはここからの僕の行動です。

 

大した痛みでもなく、サークルでやっているダンスのせいで膝を痛めることはよくあったので、ほっとけばいつか治ると、ここから約3か月間放置してしまいました。

 

6月も終わる頃、左ひざは見る見るうちに腫れあがっていきました。

最初は動かしたときに痛みがあるだけだったのが、寝ているときも痛みで辛くなる始末...

 

そして7月の上旬にMRIの精密検査を受けました。

そこに写ったのが、じりじりと僕の身体に侵食していた骨腫瘍でした。

 

大腿骨(太ももの骨)の先:皿のすぐ上の骨が真黒、その骨の周りにもびっしりと白いモヤ。

 

 

自宅近くの大学病院の骨腫瘍専門の先生の画像診断は、

 

 

「典型的な骨肉腫の画像、非常に珍しいガンではあるが悪性度は高く、命の危険もある。今すぐの治療開始が必要で外来では間に合わないので、急ではありますが明日から入院できますか?」

 

 

いやいや、待てーい!がん?命の危険?即入院?

 

衝撃が強すぎて、逆に自分でも驚くぐらい落ち着いていたのを覚えています。

他人事のように、生存確率とか今後の治療とかを淡々と聞いていました...

 

 

説明を聞いていると、骨肉腫の治療は8か月~12か月の長期期間に及ぶとのこと。

 

僕は親元を離れて都会で1人暮らしをしていました。

先生にその場で転院を相談し、長期の辛い治療には家族のサポートが必要とのアドバイスを頂き、すぐさま地元の大学病院に紹介してもらえました。

 

受診日は、明日の朝9時。

そんなにも急がなければならないぐらい、僕のガンは侵食しているのかと情けなくなりました。

 

ただ嘆いている時間もありません、

急いで下宿先に帰り必要最低限の荷物だけリュックに詰め、新幹線に飛び乗りました。

 

もちろん、友達と別れを惜しむ時間すら取れませんでした。

 

次の日から目まぐるしく検査が進んでいくことになります。

 

もっと早く検査を受けていたら、

骨を切除する長さもずっと小さくて済んだ

転移にここまでおびえなくてよかった等々

 

悔やんでもしょうがないことばかりですが、どうしても考えてしまう時間があります。

 

でももう戻ることはできない。

発覚が遅かったなりに、でも早かったんだと切り替えるようにしています。

 

誰かが、

「過去は変えられない、変えられるのはこれからどうするかだ」というような内容の名言を残していた気がしますが、その通りだと思います。

 

この骨肉腫を人生のチャンスにぐらい捉えて毎日踏ん張るしかないんです!

 

最後少し話がずれてしまいましたが、今回は骨肉腫発覚までの記事でした。

 

次回は、悪性の腫瘍かどうかを最終的に判断するために行う「生検手術」について書きたいと思います。

 

今回も読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

ご訪問ありがとうございます。

 

皆さん、初めまして。

今日から体調が良い時にはこのブログを更新したいと思います。

 

まず自己紹介にも書いたことをそのまま引用したいと思います。

僕がこのブログを書こうと思った動機です。

 

現在大阪の大学に在籍する4年生。
引退に向けたサークル活動、卒業旅行のためのバイト、学業の集大成にすべく卒論執筆。
毎日平凡ではあるが充実した楽しい生活を送っていました。

その生活が「骨のガン、命に関わる病気、今すぐにでも治療をしなければならない」という言葉で一変する。

2017年7月(21歳11ヶ月)に左ひざ骨肉腫の診断を受けました。
現在入院しながらの闘病生活を送っています。

年間200人程度にしか発症しないと言われる骨のガン「骨肉腫」。
悪性度が非常に高い希少ガンであり、名前は知られているが、その実態を語る情報は限られている。

僕自身、まさか自分がガンになるとは、それも命に関わる大病に侵されてしまうとは夢にも思っていなかった。

これから自分はどうなってしまうのか、どんな治療が待ち受けているのか...

患者やその家族にとって情報がないというのは、これほど不安で辛いことはないのではないかと思う。

もちろん知らない方が良いということもある、しかし、患者を支える誰か一人でも骨肉腫の治療の実際を知ることができれば、何かできることが増えるのではないかとも思うのです。

このブログが、現在、そして、これから、骨肉腫と戦う患者さん、そのご家族の方のお役に少しでも立つことが出来れば、幸いです。

 

 

この記事は、治療が始まって1か月(手術前の抗がん剤2クール目)で書いています。

これからどの程度の頻度で更新できるか分かりませんが、骨肉腫患者自身しか書けない気持ちの分も含めできるだけ丁寧な記事を心掛けたいと思います。

 

同じように病気と戦う方々のブログもよく拝見しています。

皆さんから沢山の元気をもらいながら、頑張りたいと思います。

 

治療が終わるころには、僕も少しでも多くの情報を届け、誰かを勇気づけられたら嬉しいです!

そんな決意表明でひとまずこの記事は締めくくりたいと思います。

 

ありがとうございました!

次回は、骨肉腫の診断から治療開始までざっと書く予定です。