jnk1021さんのブログ-110313_1809~01.jpg
常々
潔いということを
美と思ってきた。
諦めが肝心
とも思ってきた。

だが最近、
疑問がわいてきた。

過程の段階で
潔さと諦めを持ち込んでないかと。

以前あった出来事。
弓道大会があった日。
朝6時出発の時になって道場に忘れ物(返還するカップ)をしてることが判明。こんな早朝に道場の管理者とは連絡とれないし、しょうがない、大会会場に説明して謝るしかないと思った私。
だが隣の人は違った。
道場のボスに電話をかけ管理者の連絡先を聞き、結果的に道場を開けてもらい忘れ物を取った。

なんというか
諦めないってこういうことなのかと思った。
尽くせる限りの手を尽くし、それでもダメな時、
「諦める」。

潔さの前に
できることを
その結果が出るまで
やってみる、
怒られても
カッコ悪くても
やってみる。

カッコ悪くてもやるか。あぁ大いに違和感あり。

けど
やってみたら何か新しい発見があるかも。な。
悩ましい。
22日に弓道大会がある。

1ヶ月半も弓を引いてなかったからしょうがないけど。
練習を何日してもガチガチで力が抜けない。
どうやったら力を抜けるかをずっと考えてた。

待てよ。

力を抜くというは
その前段に
力を入れるということがあって初めてわかる感覚なんじゃないか。

ならば
力を入れる段階も必要ということか。
じゃあ今は辛抱してガチガチの時期を過ごすか。

ただ。
試合までには力を抜く感覚をわかりたい。
標準語で
おっさん=おじさん

だがしかし

鹿児島弁では
おっさん=奥さん

という事実に
昨日、気付いた。