知ってる方はもちろん知ってるよねぇ??
戦中は原爆の研究まで取り組んでいたんだかいないんだか。
正式な文献では知りませんが。
とにかく、一時は日本の研究のトップクラスだったたとこです。
京大や東大の若手も集まって、
活気があったそぅです。
なんであたしがそんな研究所について書いたかというと…。
あたしは化学のお勉強が大好きでした。
そして大好きな戯曲に、
「東京原子核クラブ」というのがあります。
この中に
理化学研究所が出てくるのね。
で、化学が大好きなあたしは
理化学研究所のあった駒込っていう地名に
憧れを持っていたの。
すでにマニアックな話でごめんあそばせ。
ハハハ!
今日は家族で
駒込の六義園に行ったよ。
染井吉野の発祥地だそぅです。
随分ちりかけてたけど、
「桜の花びらを7枚キャッチしたら
お願いが叶うって」妹が。
イキナリ猛烈取り合いに!
の、くせに妹と合計3枚だったけど。
ムムム。
やっぱり夢は自分で叶えなきゃね。
でね、六義園からワンブロックのところに、
祖父の工場跡があって、今は大叔父さんが住んでます。
顔を見せて挨拶してたら
理化学研究所の話が…。
え?理研跡地?!
絶対、行く!!
で、
今はまったくの高層オフィスビル。
某スーパーやファーストフードなどもあって、
あたしの儚い憧れはサヨウナラだった…。
あのあつい研究の残り香もないのね。
父曰わく、
「そぅいえば煙突からいつもくっさい煙が出てたなぁ~」
今だったら即効住民から苦情だよね。
でも日本の研究者達も
原爆を研究し、
同じ理論に達していたそぅな。
ただ、実験に必要な真空管を電話注文してすぐ届くアメリカと、
半年以上後にならないと届かない日本では、
…いうまでもないね。
跡地のイタリアンで
おいしいピザを堪能して
とげぬき地蔵によって帰宅。
もっかい戯曲読もう~っと。
ほにゃ