とにかくやらなきゃいけないことがありすぎで、追いつかない日々を送っていると、ある日、糸が切れたように、思考が止まった瞬間がありました。思考の飽和のような、コップの水が溢れた瞬間でした。

そして『何もしない』という選択をしたのです。

結果的にこれが非常によかったです。

とにかく、何もしないつもりでしばらく生活しました。お金がないのにもかかわらず。休みたいときに身体を休めるようにしました。病気になってリハビリをしている時の感覚にも近いかもしれません。何もしない。という選択によって、余裕とエネルギーが生まれて、今、ここ、現在に目を向けることができるようになりました。そして、力を入れるべき事を選び、それに集中できるようになりました。この選択と集中によって、提供する商品やサービスが持つ『質感』みたいなもののレベルが上がったのです。

何かを解決しなきゃ。何かをやらなきゃ。という意識は、実は物凄いエネルギーを消費します。何もしないつもりで生活することによって、少ないエネルギーで、結果的には多くのタスクを処理することができるのです。1日、2日でもいいと思います。

向上心がある、成長させたい、発展させたいという思いは、人によっては、現代社会では、アクセルと同時にブレーキを踏むようなもので、進捗を妨げます。書籍代、交際費、コンサル代、セミナー代、一流の道具、一流の商品、全てが消費に結びつけられてしまっているので、やらなきゃいけないこと、必要な物が無限に増えつづけます。騙されやすくもなります。ゴールドラッシュ時に金を掘るための作業服やスコップ、金脈の情報にお金を払い続けるようなものです。

『貧乏な人は、家に物が多く汚い』とよく言いますが、本質的には同じ原理で、物によって、自分の気分、精神状態や身の回りのことを解決しなきゃと思うから、物が増えるのだと思います。掃除しなきゃという思い自体にエネルギーを使い続けるので、実際に掃除をするエネルギーが残りません。

現代社会の広告、コマーシャル、メディアは巧妙にできていて、人々を無限の消費に駆り立てます。人格形成もセットになっています。

重要なのは、『今、ここ、現在』に目を向けることです。瞑想や仏教、呼吸法なんかも目的は今、ここ、現在に目を向けるためだと私は認識しています。

何もしない。 = 素晴らしい人間になるのを辞めるという感覚に近いかもしれません。なんでも出来る優秀な人間になるのを辞める。その一方で、身の回りの『質感』に気をつける。目的や結果にはじめから執着してしまうと、この『質感』は簡単に消えます。因果が逆です。
他人に話す必要はありませんが、これは同時に環境によっては、近しい人間から離れる必要もでてきます。


つづく