発病して一年。
走る事も出来て、痺れも殆どなくなり、大きな再発がなかったので、友達と沖縄旅行に行った時の事です。
沖縄が返還されたものの、現在のリゾートホテルも少なく、交通手段がタクシーか路線バスしかなかった時代でした。
ホテルにチェックイン時間前に着いたので、水着に着替え、ホテルのフロントに荷物を預けてビ―チ遊びに行きました。
南国の気分と日本人より外国人(アメリカ人)が多くて異国の雰囲気を楽しんでました。
15時のチェックイン時間にフロントに行った時です。
友達が急に倒れました。日射病でした。
結局、沖縄の海で遊んだのは、この時だけで2泊3日はホテルの部屋でいました。(行く前に職場の先輩から11時~14時までは海にいると日射病に気をつけないといくないと言われてたのも関わらず)
帰る頃は友達は元気になったのですが、私が具合が悪くなり帰りの飛行機では倒れる寸前でした。
到着して空港近くの知り合いの先生がいる病院に駆け込みました。
日焼けがひどく、先生が火傷と同じだ!と、点滴をするも針を刺す場所がなく探した末、足の甲の血管1本だけ針が入り点滴をする事が出来ました。
それから2日程、仕事を休んで体力回復したのですが、焼けた皮膚の中に水分がある為に皮が剥ける度にジュクジュクになり、全身がむちゃくちゃでした。又、排尿困難の症状がありました。
かろうじて助かったのは、顔は綺麗にこんがり日焼けのギャルでした。
それから、月一度の通院日。
排尿困難は治まり、元気なつもりで診察室に入った途端、あの頃の神経内科で有名な教授に「こんなに日焼けして、良いと思っているのか!
君は自分の病気をもっと知らないといけない。」と怒られました。
その後、教授は診察に付いて来てくださった入院時の主治医に「この子にしっかり教えなさい。」と、指導されてました。
又、それを見て笑っている私を見て「あきれて何も言う事ないわ。」と苦笑いされてました。
本当に若い時は怖いもの知らずで、今考えると自殺行為だ!と思います。
この病気は暑さに弱く、身体が温まる事で症状が酷くなるので、今になって教授に怒られた事が理解できます。
患者数も少なく、現在の様にネットで情報を簡単に知る事も出来ず、病気の大変さが全く分からなかった自分が子供に見えます。
ただ、知らなかったのが普通でいれて良かったかも…と思ったりしました。