★―ぷごく みょんせん―★  ・・・そっと、そばに・・・ be side you・・!

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「わかってもらえない・・・」「自分のこともわからない・・・」「ただ我慢しなくてはいけないのは辛い・・・」、・・・受け止めてくれる人に話す事で、少しはどうにかなるかもしれません。そんな方の・・・そばに、そっと・・・・いさせてもらえたら・・・うれしいです。

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娘を、今日は家内と一緒にホメまくりました。

今日は中2の娘のバレーボールの試合を応援しに行ったのです。

思い返せば、昨年度の試合では、
かわいそうなくらい悪条件でした。

先輩は一人だけ、他新入部員は全くの素人。
そんなところからスタート。

しかし、一年間、先生の厳しい指導にも耐え、試合ではぼろぼろに負かされる屈辱にも耐え・・・・・

そうして一年後の今・・・・・・
結果として勝てはしなかったけど、

内容は上出来!上等!
雲泥の差! 充分!


今までは、ボールをお見合いするなど、
消極的、遠慮、点が入ってもやる事に追われ喜べない・・・だったのが、

きちんとした挨拶、礼儀、姿勢が出来ているのに始まり、
(なまじ技術で勝ってしまうところは、ダラダラ、ぺちゃくちゃ・・・)
諦めない、
誰かが崩れても、誰かが奮い立つ、
フォローする、カバーする、
個々の役割を果たそうと必死に頑張る・・・・等々
これを全員で底上げをしていたのです!

・・・この先輩がヒトリという状況は、先生の指導のみに等しくなり
イメージトレーニングをし難くかったり等、
無意識に成長できる環境とはならないもの。
しかし、そんな地の底から、確実に一歩一歩一人ひとり“素直な”徒歩で登っている姿が
ありありと分かりました。そう目に映りました。

技術的にもメンタル的にも
よくぞここまで成長した!

と感動を覚えるほど。

みんなもそうだけど、娘も成長していました。
自分の殻、枠を壊して。

例えば、普段は遠慮する性質だけど、
トスをあげる人に対し「持って来いっ!」など
他にも誰よりも攻めの声を出していたりして事など。

私は、試合の殆どを応援しに行っていました。
だから、その成長ぶりをずっと見てきました。

こういう姿というのは、本当に感動を覚えて泣きそうになります。

・・・・・試合が終わり、家内と帰ろうとすると、
顧問の先生に呼び止められ「みんながお礼を言いたい」、との事で
外にでると、待ち構えられていました。

「なにか一言を・・・」ということなので、
上記のような事を、
分かりやすく、良かった事、ココロ動かされた事を、
感じたありのままを言葉にして届けました。

「いや~、すごく良かったよ みんな!
こんだけ成長した自分を褒めて認めてあげて、
その部分を一つ一つ積み上げて出来テイル自分を作り上げて、自分に作ってあげて、自信をもって欲しい。」等々。

このように、苦しいところから立ち上がっていく姿、
しかし自分ではそれに気付かずに苦しみながら・・・
でも、第三者によって自分の成長に気付かされたときの喜び、
また、その気付いた、という姿を見れる第三者の喜び。

いいものである。

余談だが、
部員のみんなの我ら夫妻への反応は
「すごい!嬉しい!」
「かっこいい!」等々・・・
と大絶賛だったらしいです。

人は欠けている所ばかりに気を取られて、それが自分なんだと勘違いする
(幸せを数えるのに、不幸を数えてしまうのと同じ)ので、
そうじゃないんだよ、部活以外でも同じだよ、という事を意識したぐらいで、
ほかは、「よかった」と感じたままを
素直な気持ちの言葉で言ったまでです。

・・・・・・家に帰ってきた娘を我ら夫婦は、ホメまくり。
散々賞賛のシャワーを浴びせました。

今日は昨日と違い「ハレ」。

今、個人事業を開始するのに、
家内に報告連絡しながらしています。

家内には、結果を見せれていないのもあるけど、
いつも、家内のただならぬ不安な気持ちが
楽しい事でさえも、ほぼ90%ネガティブ変換されて、
突き返されてくれるのです。

ただでさえ、私自身が先に確実なものが見えずに安定しないから、
協力してくれると助かるのだけど、そう都合よくはならないのは結構辛い。

しかし、
昨日と違い「ハレ」。 

家内も前日までの多忙な状態から解放された「はれ」。

ここぞ!
と思い、経費等に関することを報告。
ついでにこれからの計画を満を持して報告。


・・・・・通りました。

無変換で聞き入れてくれました。

ほっ。

はれはれ~。

(FBは家内も見るだろうから、表記を変えて、短めに描く・・・) 

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・・・・
そして、しばらくFBへ・・・・・


で、以下が、FB用。
こうなります。

FBook-------------------

晴れると、
気が晴れる。

晴れていても、いつかは雨が降る。
と、考えない事もないけど、
逆も然り・・・いつかは晴れる。

相手も晴れると、さらに良い。

笑顔になるから、楽しくなるように
曇った顔では、楽しくならないように、

晴れの力をかりて
気持ちを拡げようっと。

・・・・呼吸が深くなってるかも。
 
-------------------



私を望んでくださるお客様が
(私が力になって差し上げれるお客様が)

して欲しい事、解決したい事、
知りたい事、

読みたい内容、見たい内容

と、なっていればよい。
(皆がするようなものではなく)

と いうような事を見たのでメモします。

自分の限界、壁を乗り越えなければならない時、
それまでの自分のを削ぎ落としてまでしないと、自己改革出来ない事があると思います。


そうして乗り越える事ができたら、その後で、
知らずのうちに自分が自分を乗り越えた事に気づきます。

乗り越えるのに、一旦自分をご破算で願いまして~・・・をしてから、
新しい自分の要素を、新品のアンダーウェアを
引っ張り出しているような事をしているはずです。

それは、使えない古いアンダーウェアが溜まっていると、引出しが無駄にパンパンになるよなものです。



しかし、一旦、空にしてからおろしてくるような感覚なので、
“長く使える良いもの”までも燃えるごみとして出してしまう事もあります。


・・・私がそんな感覚になってました。


それは、その壁があまりにも分厚く高く、とても小手先では越えられないと分かったとき、
今までの自分の経験という身に付けているものを置いていかないと、重たすぎて昇れませんでした。
身を軽くし、基本に忠実に体にココロに染み入らせたのです。


そうして、次の壁を越えるステージに立ったとき、
“長く使える自分の良いもの”が手元に無く置いて来た事に気付きます。


“長く使える自分の良いもの”は、一度お家に取りに帰ってから、再び厳選して持ってくるほうが良いかもしれません。


折角、人生経験で掴んだ“長く使える自分の良いもの”があるなら、
無闇に手放さずに、適度に提供できるようにしておかないと、
今までが無駄になる事も起こり得ます。


だから、良いものと新しいものをミックス、そして状況に合わせて活用する。のが理想的なのかな?


先日、私がふとそう感じました。


今は、東京は品川の近く、大崎。
お昼のデニーズ弁当をタワービルのテラス?で食べてなう。

柄にも無く、ランチ写真でも…と思ったけど。やめた。

この“柄にも無く”って、勝手に決めつけているんですよね。

だれも、その“ガラ”は期待していない。
期待されるとしたら、芸能人、アイドルとか?

photo:01



…んで、結局写真撮ってみる。



iPhoneからの投稿
家内のテニスレッスンのコーチについていろいろ聞いた・・・・

特に今のこのような外的に満たされる時代には、サービス提供側の
【人間力】が、差別化の決定打になると思った。

≪無意識にある個人的な感情が言動に出てしまっている≫
(お金を取る)プロのコーチなのに・・・。


得意な、とか、好意を寄せるレッスン生には
「こびるコミュニケーション」

褒めまくるだけでなく、
「昨日、車で僕の前にいたでしょ?」とか、
「昨晩、○○さんの夢見ましたよ」とか、
みえみえの嘘をつくことで会話のきっかけにする。
(当の振り向いて欲しい相手からは、全然振り向いてもらえないので、
 何度でも繰り返す・・・・みたいな)


そして、苦手で、反発を感じている家内みたいなのには
「意味の無い全否定コミュニケーション」

無自覚と思うけど、
ミスを指摘するのも、原因から言わずに、
「ただ気に入らない」みたいに聞こえる「それも、ダメ!」とか、
たまたま上手く出来ても
「・・・・なんで出来たのか、不思議だよね~?」とか。


テニスの技術はあっても
どんな相手であろうと巻き込むような
コーチとしての力は残念ながら皆無。

相手軸でなく、まったくの自分軸。


お金を取るなら、
苦手な相手であろうと、
個人的な感情を入れずに、
相手に合わせてコーチすべき。

そうでないと、代価としての金額を受け取ってはいけない、と思う。


実際、家内は他のテニススクールを検討中・・・・。

さきほど、某プロバイダーの やレうヽ~の質問するところを覗いたら、
「中二の教師です。最近やる気が出なくてやれなくて、授業も展開が考えれなくて・・・、生徒にダメな状態がばれてるだろうな。なにか一掃する方法はありますか?」のような質問があった。

よせば良いのに(~♪by敏いとうとハッピー&ブルー)、思わず回答してしまいました。

初めは、カウンセラー的に、“先生と名乗りながらも勇気を持って質問されましたね”、と受容して、気持ちを理解したうえで、事実と解釈を分けて、客観視して等々・・・・という事ができるように行動を指示したンです。

でも・・・・・本音は
「先生というプロとして、その状態で生徒の前に立つのってどうなの?
大変なのは分かるけど、せめて“苦しいけど、先生の状態にかかわらず皆に提供すべきものはします!”みたいな姿勢をとってほしいヨ!」です。

いわば欠陥商品を売りつけて、お金もらってしゃーしゃーと生活してるような・・・・。
生徒という生身の人間の命を軽く見ている気がして、苛立ちを覚えるのです。
質問文が「なにか一掃する方法はありますか?」で終わる軽率さにも・・・・。

以前に実際に被害を受けた事や、他にも知っている事と併せて・・・・・・!<`ヘ´>、となってしまい、最後の方はいろいろ書いてしまいました。

みんな必死で働いているんだから、
倒産のない立場のお方も、こんな時代なのだから、それぞれ自分なりにでも必死に「それぞれのプロの仕事をして、その代価として給料を手にして欲しい」(そうできないなら、その現場を一旦降りて欲しい)と、思って書いちゃった。

中学、新年度初の保護者会に行きました。(全体集会)

娘の担任が他校からいらっしゃった先生となったため、
どういう方か観(み)に行きました。

ちょっと娘が気になる事を言っていたので。

一般的に言われる“人間観察”より、ずっと深い“言葉に出さない身体言語”を観(み)させてもらいました。

前で発言しない時、姿勢、動き、それに声のトーン、声の色…。


…なるほど、わかりました。

そして、帰ってから、娘と戦略・戦術会議を行いました。

今後も娘を聞きながらカウンセリング(非指示的指導)を行いながら、
いかなる人にも対応できる“こころ力づくり”をしていきます。




iPhoneからの投稿
東京都葛飾区の水元公園という自然公園にて。

photo:01



…桜並木、水鳥、芝生
…あたたかい陽射し
…さんぽするわんちゃん
…気ままに散歩するねこちゃん…

この自然の中にいると

ふか~い息が吸える、吐ける。
安心する。
肩の力が抜けてくる。

…この感覚…

そうだ、
ひとと接する時、

相手が“こんな自然の中にいるような気持ちになってもらえるワタシ”になりたい。

と、思った。



iPhoneからの投稿

いま、しか、出来ないことをやっておかないと。

♪やるな~ら今しかねぇ~♪


先月までは、内面的な確立をする事に集中してきた。

その山をひとつ越えたあとにゃぁ、
いろいろ、再び原点に立ち返らされる事が続いた。

そのままの勢いで転がり込めずに、
スポーツや武道でいえば、一旦ブレイク(止め!)が入り、
体勢を整えてからでないと、リスタートのホイッスル(はじめ!)が入らない…ようなイメージでした。

シミュレーションはできるものの、どれも等しく可能性があるので、具体的なアクションが出来ない。

個人事業的な初動、しかし、収入の為の動きも外す事は出来ない。
いろいろ重なり…動けない…。

とまどい、不安…



しかし、動けないと思うのは私であって、

いまだけ、しか、出来ない事を、いま、やればいいんだ、
と、わたしの中のワ・タシちゃんが納得して、落ち着いたみたいです。

がんばれ あきお!
ふんばれ 我!
♪やるな~ら今しかねぇ~♪
by 黒板五郎(田中邦衛)sings.(「北の国から~'92巣立ち」)
(origin 長渕剛『西新宿の親父の歌』)

♪やるな~ら今しかねぇ~♪

五郎「中ちゃん、こうゆう唄知ってるかぁ~・・・やるなら今しかねェ~っ♪やぁるならぁ今しかぁねぇぇ~っ!!」

中ちゃん「それが唄かぁ~!?(笑)」

五郎「知らんべェ中ちゃん、遅れてるもなぁ~・・・ナ、ナカミゾツヨシだぁ。」


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