ふと、
マイノリティ〜というと何が思い浮かぶか、というと、
昔の自分です。
小学生の頃、自分で選ばせてもらえたとはいえ、いわゆるお金持ちがたくさん通う学校に行ってました。
思えばその時点でマイノリティだったんだな、と気づくのは小学3年生ぐらいだったけど、
地元の友達がめちゃくちゃ少ないので(笑)地元の中では少数派でした。
小学生の私は少し尖っていたのか、方言がめちゃくちゃ苦手でした。
アナウンサーみたいに方言なしで話すことが素敵だと思っていて、
めちゃくちゃ言葉遣いに気をつけてました。
今は逆に、方言が好きです。「どこが出身」とか、それを知ることができるのが方言ですよね。
方言を知ると、その地がどう派生して人口が増えていったのかを知ることができる、というそういう面白さもあります。
といいつつ、私はその頃の余韻で、方言が少ないです(笑)
そして、制服で「お金持ち」とレッテルを貼られることが嫌だ、と昔の自分はずっと思ってました。
その制服を着ているだけで
「わ、あの子はお金持ちだよ。」と言われて、疎外感を覚えたことがきっかけだと思います。
何で人間はみんなレッテルを貼るんだろう、見た目で「お金持ち」と分類すると態度が変わるんだろう。
いや、でも今思うと、それはそうだけど、誰一人として「普通」という基準は一緒ではなく、結局個人の視点で「普通」を考えてしまっているわけで。
誰もがマイノリティであり、生きるうちで選んでいく道で出会う人が「似たような人」になっているように感じるのは、
それは「馴染んでいく」からであると思います。
似たように思えるけど、似ていくだけで、普通ってものはとても難しいし、結局普通が一番難しいと感じたのは中学生になってからです。
そんな感じですが、7月です。
ブログ始めて自分の中でも色々変わったんですけど。このブログ1年やってるんですね。(期間としては)
この1年で恥ずべきこととしては・・・「本当にあなた騙されやすい!」ということでしょうか。
まあわかってることなのですが、自分に騙される場合もあります。
過ぎたことを振り返るのは恥ずかしいことでもありますが、
数ヶ月は色々ないことをあるように書きすぎたな・・・と反省してます。
本人たちのサポートになる!ということは決してない、というのが、まず初めにあります。
どれだけ自分が信じていることでも、自分がわからないことであれば、「想定外」を予想して行動しなければなりませんが・・・
ましてや他人が絡んでいることなど、なおさらです;;
と、ここまで書いて、でも私は「何か信じている人を否定してはいけない」とも知ってます。
何かを信じきっている人を「そうではない」と否定しても、多くの場合は荒波を立てるだけになります。
肯定するのも違うかもしれないけど、
それが一番大事なことではないか、と最近心理系の講義を聞いて思います。
結局誰しも「何かを信じたい」という気持ち、
「いつも面白いことを探して」、、と。そんな冒険心のような、子供心は捨てられないし。
それは「子供心」ではなく、幼い頃から付き合ってきた自分の延長線上の本能のようなものなんだと思います。
自分はそういうものに興味ないと思ってたけど、実際にはそういう気持ちがあるってことがわかって。
自分の過去は過去で楽しかった自分がいるけど、とても反省すべきところばかりなので、
まだこれからも人生は長いよ〜・・・なので、
まだRUN RUN して、生きていかなきゃ!と、そんな気持ちです。
自分が思う「素敵な人」になりたいな〜ってそんな呟きです。
呟きが長いですね!!!(爆笑)
また頑張っていきます。