akakoです。左半身不随
それは
免れないが
ラッキーとも言える結果でした。
命は助かり、話を理解する事もできる脳で
あったのですから。
でもそこから私の、
いや、私の父や母にも
大変な毎日が待っていたのです。
まずは月末までに寮(彼の部屋)の片付け。
これは相当な労力とお金もかかりました。
車で片道二時間程を仕事の片わらに
往復し整理する。
両親も、もう十分すぎるくらい老人でしたが
私のために力仕事もしてくれました。
彼の職場の対応。
生活のためのお金のやりくり。
そして住宅ローンです。
その合間にN氏のお世話。
病院のスタッフの方達が一番良くご存じでした。
とても義理の両親には見えなかったようです。
そんなこんなの1ヶ月、2ヶ月…
N氏の両親は
一向にこちらに来る気配はなく、
何度も電話で頼んでも、
「年なんでおいそれとは行けない」と。
(健康状態に問題があるのかと親戚から情報を貰いましたが、健康でした)
私は息子がおりますから
そんな「親の気持ち」がどうしても理解できませんでした。
だって、新しい家にも何度も遊びに来ていたのですから。
