リアルパッチギ(青春時代朝鮮高校編)序章
青春時代の苦くも、楽しかった頃をなつかしく思い、映画「パッチギ」を見に行った所から、
話を始めたいと思います。
池袋の映画館、午後6時 一人でパッチギを楽しもうと、並んでいると、
後ろから「アッパ」と声をかけられ、振り向くと
そこにはチマ・チョゴリを着た我が娘が、友達と二人で立っていました。
「アッパ、なにしてるの?」
映画の中のキョンジャに似た(親ばかではなく、ハッキョ(学校)でも有名だそうです・・・・・・
俺に似て?がはは~)娘に言われ、照れながら
「アッパがハッキョに通っている頃を、懐かしく思い観にきたんだよ」と言いながら席に着きました。
さすがに隣に座るのは、恥ずかしく離れた所で映画鑑賞。
映画の途中で隣に座らず良かったとつくづく思い(映画の中で一部カラミのシーンがあり父娘では、
ちとやばいかな~ 井筒さんたのんますわ~)映画を楽しみました。
1968年の話だそうですが、私が12才小学校6年 思春期を向かえ、色気付きはじめた頃の話でした。
(私は映画の時代より少し後に、朝鮮高校に入りましたが、まだまだ凄まじい時代でした)
グループサウンズブーム末期の時代、
そしてフォークソング、
ベトナム戦争
高度成長の真っ最中、
若者達が自由を叫び学園闘争に明け暮れた時代、
みんな元気が有り余っていました。
私は中学まで、日本の学校に通い、自分が朝鮮人としての、誇りを持てず、悶々と送っていました。
たしかに、いじめは有りました。(小中学校の頃の話は又後日)
しかし持って生まれた要領の良さと、芸に(器械体操部でまあまあ目だっていた)助けられ 無事卒業。
日本学校に行くべきか?朝鮮学校に行くべきか?
普通は、悩むみたいだけど、梁石日の「血と骨」見たいなアボジの一言
「朝鮮学校に、行け!」
(実は、私のオモニは日本人でしたので、15才(中学生)まで日本国籍を有し、日本人でした。
ある日、大手町の法務省にいきなり連れて行かれ、朝鮮国籍を取得。
あれよあれよというまに、朝鮮人になりました。今から考えると、すごい無茶な話だよね!
ま、今はアボジに感謝しております。男尊女卑ではありませんが、どうも私の中には朝鮮民族の血の方
が濃い見たいです。笑・笑・笑)
1972年(昭和47年) 東京朝鮮中高級学校 編入班に入学
連合赤軍 浅間山荘事件
横井庄一さんグアム島から帰還
沖縄返還
日中国交正常化
そして、 金日成主席生誕 60周年
祖国の自主的平和統一のための南北共同声明 発表
在日朝鮮人、韓国人が祖国統一の実現を信じ、盛り上がっていた時代
東京では、右翼系の学校との抗争事件が日常的に勃発
とんでもない年に、入学・・・・そこで経験したこととは・・・・・
まさに映画の世界・・・・・・・・ちょっと映画はデフォルメしすぎかな?
でも、映画をも凌ぐ、リアルパッチギの開始です。みなさんご期待あれ!!
本文は、こちらから
http://blogs.yahoo.co.jp/jkimuchi

