かつて日産ワークスマシンの象徴だった赤/青/白のトリコロールカラー。

2001年に日産のコーポレートカラーが赤/グレー/黒に変更され現在では使用されなくなりました。

もともとこのトリコロールカラーは、ダットサン時代のコーポレートカラーを継承したもの。ちなみにロゴマークの赤い円は「昇る旭日」を象徴し、ブルーの横棒により「至誠天日を貫く」を意味している。「至誠天日を貫く」とは、孟子の言葉で「誠実を尽くして取り組めば太陽をも貫く=必ず道は開ける」という意味。




日産の創業者 鮎川義介が好んだ言葉で、当時、日本の自動車産業の将来に懐疑的な見方が多い中、自身の信念を貫き通す覚悟を込めていたと思われる。

赤の日の丸と太陽をベースに天空をモチーフとしたコバルトブルーを入れ、真ん中に白で横一文字で「DATSUN」と書いた。



1978年から1981年の日産ロゴ


1983年から2002年の日産ロゴ


そこで日産のレースシーンを彩った懐かしの日産トリコロールカラーの歴史を振り返ってみたいと思いいます。


日産がレース活動を始めた1960年から70年初頭までは赤/白に塗り分けられたマシンが日産ワークスカラーのようでした。



1967年 日産R380Ⅱ プリンス自動車が日産に吸収合併した後のカラー。プリンス時代はマルーン単色塗装でした。


1969年日本グランプリのスターティンググリッドに並ぶ日産R382

プロトタイプカーによる日本グランプリでも色違いの単色塗装でありカラーリングへのこだわりはない。ただし日産のエースナンバーであるゼッケン23はこの頃から使われている。ブルーのR382は高橋国光選手がドライブした。

1976年に報道公開されたまだホワイトボディの日産R383とR382



1977年東京モーターショーで一般公開された際のカラーとポスター
今見ると恐ろしくフロントオーバーハングが長いスタイリングなのはまだ空力の概念が抵抗を減らすことを重視していた結果か。



1973年日本グランプリTSレース

B110サニーエクセレント



1973年レース・ド・ニッポン

S30フェアレディZ240ZG


トリコロールと言えばトリコロールだが青の面積がまだ少ない。


1975年 レース・ド・ニッポン デモ走行
KP710 バイオレットターボ
トリコロールカラーが完成される。

ちなみに1970年代に活躍したPGC10スカイラインGT-R 通称ハコスカGT-Rにはトリコロールカラーは存在しませんでした。


この辺りにも日産と旧プリンスの微妙な関係があったのかも知れません。

1970年代オイルショック以降になると国内でのワークス活動は下火になり主に国際ラリーに主戦場が移ります。


1980年サファリラリー 
PA10バイオレット
青の面積が増えて鮮やかなトリコロールカラーの完成。後の青より明るいスカイブルーに近い色合い。


1983年モンテカルロラリー
BS110 240RS
スカイブルーからダークブルーに代わり精悍な印象。

1985年全日本ラリー選手権
Z31フェアレディZ

1988年サファリラリー
S12シルビア

1989年パリ・ダカールラリー
WD21テラノ

この時期国内ではスーパーシルエットレースが活況を呈したが日産系マシンはスポンサーカラーを纏っていた。
その後に発展したグループCカーによる耐久レースもしばらくは同様でした。

1984年10月に日産モータスポーツ活動を統括するニスモが設立された。


1997年までのデザイン。日産レースカーには必ずこのステッカーが貼られていた。日産トリコロールをデザインしたシンプルでカッコよいロゴ。

1985年からスタートした全日本ツーリングカー選手権 グループAに日産は主に歴代スカイラインで参戦したがトリコロールカラーは意外と少ない。
1986年 全日本ツーリングカー選手権
DR30スカイラインRS


1988年 ヨーロッパツーリングカー選手権
HR31スカイラインGTS-R

1989年 テストカー
BNR32 スカイラインGT-R

1990年 N1耐久レース
BNR32 スカイラインGT-R

1991年オーストラリア バサースト1000キロレース
BNR32スカイラインGT-R
国内より海外のほうが大胆なデザイン。

1991年 日産ドライビングスクール教習車
BNR32 スカイラインGT-R Gr-A
ザウルス NSJ91
PS13 シルビア N2

1995年 ル・マン出場車
BCNR33 ニスモGT-R LM


1999年 BTCC優勝車
P11プリメーラ
ツーリングカーとしては最後のトリコロールカラーか

1988年よりニスモエントリーとなったグループCカーによる耐久レースに日産はトリコロールカラーで参戦を開始する。




1988年 全日本耐久レース
日産R88C


1992年 デイトナ24時間優勝車
日産R92CP



1999年 ル・マン24時間
日産R391
プロトタイプカーとしては最後のトリコロールカラーか。

リアカウルにNISSANエンブレム

と思っていたらこんなマシンもありました、日産の黒歴史。
2015年 ル・マン24時間
日産GT-R LM NISMO
21号車のみトリコロールカラー。
1990年ル・マンでPPを獲得したR90CKのカラーリングを再現したらしい。


2015年 スパ24時間
R35GT-R NISMO GT3
海外レースではトリコロールカラーで参戦することがあった

1993年 ザウルスカップ
NSR93 ザウルス

米国日産によるトリコロールカラー

元々DATSUNのロゴから派生したものなので米国においては自然な流れく
1971年 SCCA BREレーシング
510 ブルーバード

1980年 IMSA
S130 ダットサンターボZX



1985年 IMSA GTP
日産GTP ZXターボ

1992年IMSA(未出場)
日産P35


1994年 ル・マン24時間
日産300ZX
Z32フェアレディZ

米国では星条旗のカラーなのでこのカラーリングは人気があった。

市販車における日産トリコロール
1987年E-RNU12 ブルーバードSSS-R
後期型
このカラーリングはオプション
1988年EK10FR マーチR

1990年RNN14 パルサーGTI-R


ショーカー
1985年 日産MID4 IMSA

ペースカー
富士スピードウェイペースカー
S130フェアレディZ280ZXターボ

富士スピードウェイペースカー
Z31フェアレディZ 300ZR


1989年富士スピードウェイペースカー
Z32フェアレディZ

ディーラーサービスカー

GB121 サニートラック
酷使されたせいか現存車は少ないようでイラストしか見つかりませんでした。
VC10 スカイライン・バン
こちらはプリンス&スカイラインミュージアムに保管されている貴重な一台。ドア下がブルー塗装です。


ところで三色トリコロールカラーをイメージカラーにしていた自動車メーカーは日産だけではありません。そう、本田技研工業が主に二輪車で使用しています。


2024年 ホンダ二輪カタログ

1983年 ホンダNS500 

もちろん市販バイクにも
1987年 VFR400R プロアーム

ホンダトリコロールの始まりは1970年代アメリカモトクロスチームのライダーウェアのカラーからだと言われています。星条旗をイメージしたウェアからやがてマシンにも採用されたようです。日産もホンダも米国発祥でした。

ホンダの四輪車にトリコロールカラーが採用された例は希でした。
1983年 スピリットホンダ201C
ホンダの四輪車に関してはワークスカラーと呼ばれるようなカラーはありません。これは主に無限ホンダが国内レース活動を統括していたことも関係しているかも。
スピリットホンダも後期には白い車体になりました。

2023年ホンダシビックタイプR
2022年に二輪部門のHRCがホンダのモータスポーツ活動を統括することになり四輪車もHRCカラーが使われました。

一口にトリコロールカラーと言っても時代や地域によって様々なデザインがあり塗料や塗装技術の進化によりデザインや配色も同時に進化していきました。世界の日産ファンに親しまれたトリコロールカラーも1998年業績悪化による仏ルノーとの提携以後2001年に変更され現在に至ります。
理由としては赤/白/青の三色トリコロールはフランス国旗と同じであることがフランスやルノーを連想させることを避けたのかも知れません。

いずれにしてもいつか再び日産トリコロールカラーを纏ったワークスマシンがサーキットに帰って来るのを願うばかりです。