旧北国街道以北の犀川右岸の地区です
飲食街として名を残す旧・伝馬町を中心に川岸まで町人地でした
そこから旧・古寺町(藩政初期この地に寺が集められていたが、後ほとんどは寺町台へ移しされた)という平士屋敷地を挟み、木倉町という町人地がありました
この地区を貫いているのが、昭和期に新設けられた「中央通り(犀川大通り)」ですが、その一部の現・長町西交差点から北の現・中央通町の区間は、藩政時代からある道筋で町人地でした
犀川神社から現・長土塀3丁目にかけては犀川馬場があった所であり、浅野川近辺の東馬場に対して西馬場とよばれました
木倉町(2003年町名復活)は、藩の木材蔵があったところですが、それだけでなく、小間物屋が集まっていた所です
市指定保存対象物
大正~昭和の資本家の邸宅(近代和風建築)








(木倉町↓既に消失した建物 Google2012より)
金沢最古の用水
金沢城築城に際し木材など物資が引き上げられたことから御荷川(鬼川)と称した
犀川からの取水口
旧伝馬町は、藩用の人や荷物を運ぶために66匹の伝馬が置かれたところです
(↓ 消失した建物 2012年Googleより)
中央通町へ
浄誓寺
近代和風建築
犀川神社
かつて犀川沿いにあったという松並木
境内に数本残っている
旧・大藪小路は、藩政前期、藩士・大藪氏居邸がこの付近にあったのでこの名がついた
旧・長門町は、藩士・山崎長門の邸地があったところ
旧・宝船路町は、寛永の大火のあと、犀川大橋詰にあった法船寺がこの地に再建されて、門前町をつくったところ
旧・塩川町は、藩士・塩川氏の屋敷があったところ

































































































































