KANAZAWA SIGHTSEEING 2013~2015 金沢市とその近隣市町の町家・建物・路地・街角・町並み・風景の記録
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旧北国街道以北の犀川右岸の地区です

 

飲食街として名を残す旧・伝馬町を中心に川岸まで町人地でした

そこから旧・古寺町(藩政初期この地に寺が集められていたが、後ほとんどは寺町台へ移しされた)という平士屋敷地を挟み、木倉町という町人地がありました

 

この地区を貫いているのが、昭和期に新設けられた「中央通り(犀川大通り)」ですが、その一部の現・長町西交差点から北の現・中央通町の区間は、藩政時代からある道筋で町人地でした

 

犀川神社から現・長土塀3丁目にかけては犀川馬場があった所であり、浅野川近辺の東馬場に対して西馬場とよばれました

 

 

木倉町(2003年町名復活)は、藩の木材蔵があったところですが、それだけでなく、小間物屋が集まっていた所です




旧佐野家住宅

市指定保存対象物

大正~昭和の資本家の邸宅(近代和風建築)

(木倉町既に消失した建物 Google2012より)





養智院

鬼川(大野庄用水のこと)聖天を祀る


大野庄用水

金沢最古の用水

金沢城築城に際し木材など物資が引き上げられたことから御荷川(鬼川)と称した

犀川からの取水口

 

旧伝馬町は、藩用の人や荷物を運ぶために66匹の伝馬が置かれたところです










(↓ 消失した建物 2012年Googleより)

 

中央通町へ

 

 

浄誓寺


 










清水家住宅

近代和風建築 

主屋、門、塀が国登録有形文化財




広見

 





 

犀川神社

かつて犀川沿いにあったという松並木

境内に数本残っている

 

犀川


【その他参考】

旧・大藪小路は、藩政前期、藩士・大藪氏居邸がこの付近にあったのでこの名がついた

旧・長門町は、藩士・山崎長門の邸地があったところ

旧・宝船路町は、寛永の大火のあと、犀川大橋詰にあった法船寺がこの地に再建されて、門前町をつくったところ

旧・塩川町は、藩士・塩川氏の屋敷があったところ