短答に合格した


ほんとに長い道のりであったな


二年もかかってしまった。しかも、まだ二次があるというのに・・・

最短で合格しても3年かかったことになる。しょうもないな。


毎日のように勉強してきたわけであるが、大学二年まで勉強という勉強をしていなかった分、他の者に比べて基礎知識が乏しい。特に英語は難関だ。


今後の方向性について、最優先は二次であるが、英語も同時並行していかなければならない。少しずつではあるがやっていかないと、将来があやういといえる。


正直なところ、バイトだけでも暮らしていけるが、やるだけはやってみるべきだろう


現在の状況について、租税法に一番てこづっている感は否めない。理論もそうだが、計算も理論ありきであるから、理解しないとなかなか前には進まない。

他の科目についても、条文をあげるという作業は困難を極める。


弁護士試験に比べればはるかに優しいのにこんなに難しいとは・・・

試験というのも難しいものだ。さらに、その応用をする実務はより難しいのだろうな


ダメだ
結局ダメだった
敗因はわかってる
理解が不足していたこと、範囲の大きさに気付くのが遅かったこと
唯一の収穫は、勉強法は間違ってはいないということ

前回よりも確実に自分の中で変化したものがあったし、実際に効果もあった

だがまだまだだったってことだ

範囲の大きさにビビり途中から気持ちが萎えていたのば事実
効率が落ちたのも事実


はぁ~
ため息が出まくり(笑)

それでも毎日の積み重ねが重要である
自分の能力に過信することなく、しかし自信を持たなければならない

失敗のあとが重要なんだ

今後にプラスにするかどうかは自分しだい

もちろん不安は多いけど、進むしかない
失敗は完全に自分のせいだし、受け入れる強さを持たねば

心を強く持とう

人生に試練はつきもの
大変さがあるからこそ、快感もある

逃げだっていいし、立ち向かってもいい

自由に生きようじゃないか

親には心配かけるがそこは許してもらおう

確固たる自信をつけたい
余裕の持てる自信を
基礎とは、ある一定の物事の基盤となるものをいう

そんなことは誰でもわかると思うが、なぜ基礎は重要なのかという点について考えてみたい

誰かが誰かを指導する際に、大抵の人はこう言う

基礎を大事にしろ
基礎をしっかり身に付けろ

指導する人は何気なく使っているが、本当の意味を理解、納得または実感した上で使用している人は少ないのかもしれない

勉強、スポーツなどにおいて、基礎の意味を理解している人としていない人ではかなりの差がつくことをあらかじめ言っておく

ある程度のレベルの物事に取り組む際、一定のレベル以上にいくには必ずといっていいほど身に付けておかなければならない

なぜなら、応用的なことを勉強していたとしても、原点を考えてみると必ず基礎に戻るからである

例えば、野球でいえばスイングをこうしろとか、投げかたはこうしろとか言われる

そこで、そのとおりにしたとしてもすぐに結果は出るだろうか

おそらく出ないだろう

そのとおりにすることと同時に、ランニング、筋トレなどにより足腰、肩などの基礎となる部分を鍛えなければ効果は発揮されることがないだろう

また、勉強をしていて膨大な量を勉強しなければならないとする

すると、大抵の人はその勉強している部分だけの勉強になってしまい、全体のことを忘れてしまう

現在勉強していることが、何の役に立つのかとか、勉強している分野のどの位置を勉強しているのかを忘れていく

すると、結局は勉強のための勉強となってしまい、非常に使い勝手の限られた知識として蓄積されていってしまう

この勉強によると必ず限界を迎え、途中で成長は止まってしまう

よく私は勉強ができないといっている人は、この点において問題があるのだろう

そういったときこそ、もう一度全体的な視点から眺めてみることで理解が深まることは稀ではない

知識をつけるには個別の視点で考えることはもちろん、全体的な視点からも考えることで理解は深まり、また、その知識は高度なレベルで長期記憶として頭に残る

ここでいう全体的な視点とは、ほかでもない基礎のことである

基礎あっての応用であり、応用あっての基礎といえるほどの関係性にあることは常に意識しなければならない