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そろそろ…と
最近考え始めていることがある。
ってゆーか、ずっと考えてたんだけど。
車いすだけど店を始めて、
コロナのとき、身体を壊して入院したりして
店を閉めたけど…また復活できないかな?と。
私のような車いすユーザーが店をやると、一種のキャラクターのような感じでお客さんがやって来る。
以前店をやったときには日本全国からお客さんが来てくれた。
普通の人にはできない
様々な経験をした。
店は以前も人気だったアジフライ。
それと新たに穴子丼を考えている。
口に入れたらとけてなくなる穴子を作れる。
あとは自由に市場で仕入れたものをコントロールする。
以前やったときに人気だったのはスッポンだったりして。
そして車いすの私が店をやれば、地域の障害者やそれをサポートする人が活気づく。
その障害者や、サポートする人たちを店を呼び込むようにすれば面白いことができると思う。
そこはまだ詳しく考えられてはいないけど。
昼間は食事、夜は居酒屋感覚で動かすつもり。
普通の飲食店には持てないブランド力はあると思うんだけど。。
今は助成金を調べてます。
うまくいくと良いんだけど…
来年がんばろー^ ^
12/7(日)10時から
ラコルタ柏1F
障害者活動センターで
震災についてのお話をします。
皆さんぜひお越しください。
車いすの身体になってからは、いずれくるであろう巨大震災では自分の命を諦めていました。なぜなら自由に動かす事ができないから。
しかし能登震災のニュースを見ていて気付いたのです。助かった場合はどうなるのか?と。
自ら身体は動かせないけど、おそらく助けてもらう可能性が高いのではないか?と思うのです。
そうなった場合、能登の障害者の方々はどう乗り越えてこられたのかを調べたのです。
ところがあまりわからない。
車いすの方々に関しては、まるでわからないのです。それどころか、今までの巨大地震でどうなったのか?もあまりわからなかった。
そして私は震災11ヶ月後に能登へ向かいました。
というか、もうこの身体になってから
10年と2週間ほど経過しました。
だけど最近は自分の居場所がどんどん減っていく。
なるべく外へ出ようと思うけど、
この10年、車に乗っていなかったから
だから逆に知り合いが増えたり
電車、バス、飛行機、船、
なんでも1人でこなせるようになった。
だけど最近は行動範囲がとても狭い!
思い立ってすぐに行動できない。
だから三輪バイクのトライク購入を検討中です^ ^
この10年、本当に家族たちに感謝しています。
特に妻には心からありがとうって思っています。
子供たちにも商売をしてしまったからいろいろしてあげられなかったし、お父さんをしてあげられなかった。。
いま、障害者用のグループホームを調べてます。
今住んでいる地域にこだわらなくてもいいかな〜、なんて。
忘れもしない…2015年の7/15。4:27ごろ。
数日後からブログをはじめ、皆さんに力を貸していただきました。
本当に心から感謝しています。
そして様々のことがあり、たくさんの人たちに出会い、助けて頂いてきました。
お陰様で現在も私は調理の仕事を続けているのですが、ふとしたきっかけで防災の話をお話しすることが増えてきました。
「どうせオレは車いすだし、地震が来たら助からないからいいや」
以前はそんなふうに考えていました。
しかし能登のニュースを見ながら気づいたんです。被災した車いすや障害者の人たちはどうやって生活しているんだろう?と。
すぐにネットで調べたのですが、よくわからない。ほぼ載っていないのです。
だから私が能登で調べてきました。
ゆれる前に知っておいた方がいいことがあります。お話をする場所があれば伺いますので、ご連絡をお待ちしています。
「しょうがい」って私もそうでしたけど、日本人は慣れてないし、「眼」があるから隠すところもたくさんあるし、一歩引いちゃうのかもしれないですね。
生まれるときから「しょうがい」の可能性があるんだし、その教育をしていませんよね。
私は42歳でノックアウトでしたけど、死ぬまでにしょうがいを負わずにいられる人間がどれくらいいるのか。
巨人の長嶋さんだって頑張ってらっしゃいましたよね。
私も仕事をして30年以上。
車いすだけど、毎日食事の仕事を続けています。












