メディアにでたがっているのかどうかは知らないが、自信ありげに意見を言う専門家には、よほど注意しなければならないと思っている。
福島原発事故の時に「深刻ではない」といってなんども登場した専門家の方は、どうしたのだろう。自分が間違っていたという発言は聞いたことがない。
今度の新型コロナウィルスでも、最初は普通通り生活すればいいんですよといって人々を安心させておいて、急に、危機管理がなっていないと恐怖を振りまく専門家もいる。
私の感覚では真の研究者というのは、自分の専門に常に慎重である。自分の専門的意見に間違いがある可能性をつねに胸に抱いている。自分の研究した結論と異なる結論が出る可能性、異なる意見を持っている研究者がいることに、常に謙虚に想いをいたしている。
私は自分の専門的なことでメディアに出ることはないし、問い合わせがあっても出ないといっている。なぜなら、一人の研究者として、つねに「私はこう考えているが、これが間違いである可能性は否定できない、不十分である可能性は否定できない」というイクスキューズを、多くの人たちに影響がある状況では必ず入れなければならないと思っているからだ。しかし、メディアの中で、そのような曖昧な言葉を挟んだら、メディアのインパクトが失われるとして露骨に嫌がられる。メディアとしては、そうだと言い切って欲しいのだ。私にはそれができない。
研究者がメディアに出ても良いが、常にそういう謙虚さを表明した上で、人々の判断の材料を提供する見地から、情報を与える意味から、語るべきだ。あるいは、集団で、多様な角度から検討された言葉を、集団の意思として発表すべきだ。