中学校不登校で今は通信制高校3年生の娘。
ネットコースのため在宅です。
お世話になった不登校の会のボランティアスタッフみたいなことをしてます。そこからの縁でアルバイトもし始めました。
でも摂食障害(オルトレキシア)になり休み中。
私はパニック障害持ちで同居嫁。
過呼吸発作が出やすいため乗り物がほぼ乗れません。(最近は車が乗れるようになってきました)
今、私は実家へ来て療養中。
自分に向き合っていろいろわかったのは、私の両親は結構毒親だってこと。
それからくる認知の歪みのため私が生きづらい状態になってること。
どうすればそこから脱出できるか模索しています。
ただいま娘も一緒に実家で過ごし中。
最近はShrikという精神科医の漫画を読んでるんだけどそこに出てくる患者や親が私や私の親みたいでもう…感銘を受けまくりです。
私はずっと長い間自分の親が毒親だなんて思ってなかったけどやっぱ毒親だったんだな…って。(気づかない間は私も娘にとって毒親してたってことだけど)
育ちはいい方みたいに見られることが多かったから余計気づかなかった。
育ち方が悪かったんだな。
私の家は男尊女卑で亭主関白。母は父に絶対服従。怒られることを何より恐れてて。兄がいる私は兄を恐れてて奴隷みたいだった。
最近思い出す出来事があって。
私がまだ幼稚園か小学低学年くらいの時、家族でファミレスへ食事をしに行ったんだけど。
その時、机の上の水を父がひっくり返してしまって。
で、母がお店の人を呼んで机の上を拭いてもらったんだけど
その時父が私に「お前、何してんや」って叱って。
一瞬何のことかわからなかったんだけど、あ、水をこぼしたことを私のせいにしたんだ…ってわかって。店員さんに粗相をしたって思われたくなくて咄嗟に私のせいにしたらしい。
私何もしてないのに…て思ったんだけど、その時誰もかばってくれなかったんですよね。母も兄も。
だから違和感がありながらもそういうものなんだと思って。
家族のミスは私が悪いことになるんだって。
私が悪いんだって。
その時からそういう積み重ねで根拠のない罪悪感や自己肯定感の低さが私の中に根付いていったんだなって。
無意識だけど。
忘れてた出来事だけど思い出したってことはずっと引っかかってた出来事だったんだなって。
そんなことされてたのにそれでも父を尊敬しようとしてた私って…そりゃ歪む。
その時
怒ればよかったのに。
私、何もしてないのに私のせいにしないでよ!って。
でもできなかった。
発想になかったんよね。
怒るって発想が。
自分を大切にする発想が。
母がそうだったから。いくら父にバカにされても怒らずそれを受け入れてたから。
本当は否定しなきゃいけないことでも否定しなかったから。
それを波風立てず平和な仲良い夫婦だと思い込んでたことが悔しい。
その平和そうな海の下ではどれだけ心の傷が生まれていたか。
傷だとも気づかずに…。
私の娘がLGBTQになったのももしかしたら根本にこんな人間関係を見てたからかもしれない。
平和そうに見えてるけど実際は
横柄な男と自己犠牲な女
ばかりでどちらにもなりたくなかったのかもしれない。
私もなりたくないもの。
気づかずに染まってしまってたけど。