昔の自分にとって、「暮らし」なんて言葉は存在してなかった。
毎日仕事して、稼いで、問題が起きたらなんとか乗り切って…
そんな“こなす毎日”の中で生きていたと思う。
でも、今は少し違う。仕事が嫌になったわけじゃない。
むしろ、やるべきことはちゃんとやる。でもその上で、
“心が整う時間”を持つことの大切さを感じるようになった。
きっかけは、野菜作りだった。
最初は軽い気持ちだった。畑を耕して、土に触れて、
なんとなくやってみようかってくらい。でも、やってみたら分かる。
土に触れると頭の中が静かになる。雑草を抜いて、肥料を混ぜて、
水をやる。それだけの作業が、何より落ち着く。
野菜は素直だ。
水をあげれば応えてくれる。日が当たればちゃんと伸びる。
手を抜けば育たないし、焦ってもすぐに成長はしない。
でも、きちんと向き合えば、ちゃんと育つ。
人間関係はそう簡単にはいかない。
気を使っても裏目に出ることもあるし、頑張っても届かないこともある。
だからこそ余計に、野菜の素直さに救われる時がある。
今までは「どうにかしなきゃ」「変えなきゃ」と焦って動くことが多かった。
でも野菜を育てていると、整えて“待つ”ことの大切さに気づく。
土を耕すのも、種をまくのも、水をやるのも、自分。
けど、芽が出るタイミングは野菜の都合。無理やり伸ばすことはできない。
最近は、人との関係も少しずつそう思えるようになってきた。
無理に動かすんじゃなくて、環境を整えて待ってみる。
自分の言葉が響くタイミングまで、急がずに向き合ってみる。
暮らしの中に“余白”ができてきた。野菜作りはただの趣味じゃない。
自分の心を整える、一つの習慣になっている。
そしてその暮らしは、たぶん、昔の自分には見えていなかった“もう一つの豊かさ”だと思う。
