12月9日(土) 川崎能楽堂

狂言 『菊の花』 (和泉流 三宅右近家)

 シテ(太郎冠者)三宅近成 アド(主)三宅右矩

能 『天鼓』・弄鼓之楽 (観世流 梅若会)

 シテ(王伯 天鼓の霊)角当直隆 ワキ(勅使)大日方寛

 アイ(勅使の下人)高澤祐介

 笛:一噌隆之 小鼓:観世新九郎 大鼓:大倉慶乃助 太鼓:金春惣右衛門

 地頭:鈴木敬吾

 

第1部終演が14:55。第2部開演が16:00。1時間くらいの休憩は、狭いロビーで。

1部2部通じる観客はどれくらいだろう。

ワタクシの両隣は、変わっていた。ワタクシは同じ席。

 

狂言『菊の花』もワタクシにとってなかなか謎の狂言。大蔵流では『茫々頭』という。内容と、題名がこれほど不一致なのは、何か歴史的変遷があるか、ワタクシの理解不足か。

無題で京に遊びに行ったシテ太郎冠者を、成敗せんと怒るが、都の話を聞きたいから許すアド田舎大名。

その太郎冠者。都で遊んできたと自慢げに言う。

素敵な女郎に声をかけられて、即刻返歌をして、喜ばれたと思っている。宴席に招待されたと思っているが、上座から外され、下座へ。しかもそこは、草履置き場だった。怒った太郎冠者、草履を奪って逃げるが、追いかけられて捕まってしまう。

なんと言うことはない、田舎者が馬鹿にされただけでした、というお話。

偉そうに都見物してきたという太郎冠者、へましやがってと言う主。

何だか、題名と結びつかないでしょ。

 

能『天鼓』、3回目。

謡本は持っていないけど、対訳本は熟読してきた。

すると発見。「天鼓」というのは、シテ王伯の子の名前なのだけど、母親が、天から鼓が降ってくる夢を見た後に出産したので、そう言う名前にした。しかも、その後実際に天から鼓が降りてきた、という。

正夢なのですね。昔は、夢はお告げなのです。だから、子の名前も「天鼓」で、鼓も「天鼓」。

神がかりの鼓、という訳。人間の「天鼓」が打つと妙音を発する。

その鼓の方の「天鼓」を皇帝が取り上げようとしたが、断った子の「天鼓」は殺されてしまい、皇帝のものとなるが、誰が打っても音が出ない。

父親が打てばと、皇帝に呼び出されるシテ王伯。覚悟して打つと、果たして妙音。喜んだ皇帝。宝を沢山与えた上で帰す。

更に、管弦講を催すが、そこに後シテ天鼓の霊が現れて、喜びの舞を舞う。

楽の舞。続くキリの舞。この舞が、見どころ。

角当直隆さん、立派に舞っていました。

「楽」というのは、リズムが良くて、踏む拍が多くて大変。小書きの「弄鼓之楽」は、この「楽」を際立たせるために、前場の詞章をカットして短くするようだ。

 

キリの舞は、観てみたら、紀彰先生がお稽古のお手本として舞ってくださったことがあったと思いだした。

 

こちらも、割とキリッとした舞で、動きが多く大変。ノリが良くて、華やか。

楽と通して舞うから、長いし、大変です。

 

能『天鼓』は、動の能。

1部の、老人シテの静の能。2部の若者シテの動の能。通しての番組としては宜しかった。角当家の、祖父様、父、孫三代の能の会でした。

通して観ると、体力勝負の感もあるけど、良いんじゃないかな。

 

心積もりしていた蕎麦屋で一杯を止めて、即帰宅。