11月10日の、鎌倉市民文化祭「謡曲と仕舞のつどい」に参加して、仕舞『采女』キリを舞うために、10月2回目のお稽古から、ず~っと『采女』に没頭してきた。

 

外のことは何も考えず、それまでお稽古してきた『夕顔』や謡も忘れて、『采女』に没頭してきたのです。

 

そのおかげで、頭の中は『采女』が廻りっぱなしで、詞章が夢の中でも出てくるかの状態になり、11月10日は、それなりに出来たと思う。

後でビデオを観て愕然としたけど、仲間からは誉められた。

日本一の紀彰先生のお手本舞と比べてどうする、とも。

 

鎌倉での『采女』が終わって、さてと、『夕顔』に戻りましょう、と思ったのだけど、相変わらず頭の中では『采女』が廻っていて、解放されず、ちっとも『夕顔』にならない。

詞章が暗記できないのです。

詞章の暗記が出来ないと、道順も不正確になって、そちらが気になって型の正確性が揺らぐ。

 

そんなことで、昨日11月1回目のお稽古で、『夕顔』を舞ってみたのですが、我ながら情けなや。

どうして、出来ないの?

加齢のせいか、可変性が損なわれているようです。

あんな短い詞章が暗記できない。

 

困った。あと3回のお稽古で、御稽古会がある。それまでに完成できるのかしら。

 

謡も、背伸びして『松風』を習っているのだけど、これはホントに難しい。

どうしても、節を追うだけになってしまって、情感が出ない。

節も高度なのだ。

 

カレンダーを観て、ため息をついている。