7月16日(日) 横浜能楽堂
対談「私が選んだわけ」 西野春雄(能楽研究者) 聞き手葛西聖司
(休憩)
能 『松山天狗』 (観世流 九皐会・銕仙会・片山家)
シテ(老翁 崇徳院の霊)片山九郎右衛門 ツレ(相模坊)味方玄 ツレ(小天狗)観世淳夫
ツレ(小天狗)分林道治 ワキ(西行法師)宝生常三 アイ(番の鳶)島田洋海
笛:杉市和 小鼓:田邊恭資 大鼓:小寺真佐人 太鼓:原岡一之 地頭:観世銕之丞
面:前シテ「三光尉」(伝・三光坊作) 後シテ「天神」(見市泰男作) ツレ「大べし見」(河内作)
ツレ「大べし見」(洞水作) ツレ「大べし見」出目栄満作)
致死的な暑さの中、横浜能楽堂へ。暑さに負けて駅前からタクシーに乗ろうと思ったら、長蛇の列で、仕方なく、歩く。却って距離が長くなった。紅葉坂を、木陰を伝いつつ。
横浜能楽堂、改修のための休館前最後の企画公演の、そのまた最後3回目。
西野春雄さん、お名前は聞いたことがあったが良く存じ上げない。今回は葛西さんも適切な進行。
西野さんは、復曲能とか、新作能とかもよく作られていて、しかも、どうやら台本レベル(謡本レベル)で作るらしい。よく話しに聞く瀬戸内寂聴原作の能が、能楽師に滅多斬りにされてしまった、というのとは違う。
本曲『松山天狗』は金剛流だけにあった曲だけど、かなり変えて、30年位前に、西野さんが復曲というか、創作曲というかしたものらしい。観世流で、これまで10回くらい演じられていて、いわゆる新作能としての上演回数は多い。
しかも、元々の西野作品から、それぞれの名役者がシテとして、ご自分の感性によって、様々、チョコとした改変をなされてきていて、それを能の発展と称されていた。小書きではないのですね。
今回は、西野版での上演らしい。見どころなども話して頂いて。作者だからね。思いがある。
今回の解説は大変に勉強になった。
能『松山天狗』、勿論はじめて。謡曲集にも入っていないし、詳しい解説もなく、謡本もないので、予習はほぼ出来ていない。
保元の乱に負けて、四国讃岐、松山に流された崇徳院。怨霊の塊になる。それを見舞うワキ西行法師。崇徳院と西行は、和歌の仲間で都にいた当時から交流があったのは史実らしい。
松山で怨死した崇徳院の霊を守っているのが、天狗ども。伯耆の相模坊(ツレ)など。崇徳院の霊魂は、それら天狗どもの親分、魔神という設定。
前場で、崇徳院の荒れ果てた霊廟を見舞うワキ西行。そこに現れた前シテ老翁との語り。静かに、墓所に手向け、往時を偲ぶ。
中入りのアイが、『鳶』の面をかけて、事件の全貌を語る。
後場は、崇徳院の霊魂が現れて、楽の舞やら、中ノ舞。しかし、無念を抑えられず、ざくっと囃子の音調も変わって、怒りの形相。ツレ達も登場して、共に怨みの様、かな。舞働き。
この辺、詞章も良くわからず、後シテ崇徳院の霊とツレの天狗が一緒になって、さあ、復讐だ、怨霊だ、となって終わるのか、成仏したいと言って終わったのか、よくわからなかった。
30年前の作だけに、漢詩やら仏語などは謡われず、割と分かりやすい謡と語り。作者によると、いくつかの崇徳院作の歌だけは重要なので盛り込んだとか。
有名な「世をはやみ・・・」の歌は登場しない。落語にもなる歌だけど。この和歌の解釈も、恋しい人との別れと再会、なのか、怨みの果てに都に戻ろうという、怨霊系の和歌なのか、別れるらしい。
まず、西野さんが片山九郎右衛門を指名した後、何曲か示してその中から選んで欲しいと企画したときに、片山九郎右衛門が『松山天狗』を選曲したらしい。
それだけ、九郎右衛門にとっても思い入れのある舞台になっていた。
後シテの衣装が、クロの水衣(?)に朱の長袴。赤と黒。何だか異様だよね。最後の辺りで、両袖をまくり上げると、そこに白の下着。まったくビックリ仰天の衣装構成。
面も凝っていて、後シテの「天神」は、今回のために、新たに能面士見市泰男に作らせたとか。見市さんは、先代の幽雪さん以来、片山家と結びつきが深い現代の名工。
ツレ天狗3名の面も、また名作品。
アイの鳶の面は、前に上演したときはアイは山本東次郎家で、そこには相応しい鳶面があったのだけど、今回は茂山千五郎家なので、これも新しく作ったらしい。
ストーリー全体も、世阿弥っぽくはまったくなくて、派手めな立ち回りなどむしろ現代演劇の要素も感じられて、現代のお能のあり方にも一つの見本を作るモノではないのか。
作者も、演者も力が入ったお能でした。とても、楽しい、素晴らしいお能でした。
九郎右衛門さんも素晴らしく、上手だし、ワキの森常好改め宝生常三も、さすが。
主ツレの相模坊役、味方玄さん、出番は少なかったけど、力強く、謡い且つ舞う。
囃子方笛の杉市和さん、難しい吹き方で。
この曲の詞章本、どこかで出さないかな、観世流梅若で出さないかな、そして紀彰先生がシテを勤めないかな。
夢。期待。