3月17日(金) 国立能楽堂

狂言 『孫聟』 (和泉流 野村万作家)

 シテ(祖父)野村万作 アド(舅)深田博治 小アド(太郎冠者)飯田豪

 小アド(聟)内藤連

(休憩)

能 『盛久』 (宝生流)

 シテ(盛久)辰巳満次郎 ワキ(土屋某)宝生欣哉 ワキヅレ(太刀取)則久英志

 アイ(土屋の従者)石田幸雄

 笛:藤田次郎 小鼓:飯田清一 大鼓:亀井実

 

身内の健康上の出来事によって、気分が乗らない。が、ここは乗り越えようと参加。

 

狂言『孫聟』、記録上3回目。和泉流にしかないそう。

婿入りの日に、祖父(おおじ)が出しゃばってきて、本来は舅と聟の大切な面会、盃事なのに、自分が主人公のように振る舞う。悪気はないのだけど、多分暇なこともあって、口を出したがる。舅は舅で、なんとか祖父に引っ込んでいて貰いたいが、そうも行かない。間に入って太郎冠者は困るが、やはり祖父の言い分を聞かざるを得ない。聟は聟で、善良なので、最長老の祖父に敬意を表すし、主の舅も無視できない。

4者4様の、善意ばかりの曲。好きなんです。

今回の配役は、シテ祖父が万作で1931年生(92歳)、アド舅が深田で1967年生(56歳)、小アド聟が内藤で1986年生(37歳)でした。丁度良い年齢配置でしたが、なんと言っても万作の演技は素晴らしい。腰を曲げ、杖を突き。何度も同じことを繰り返す言葉遣い。

 

能『盛久』は3回目。前回は2022年3月梅若別会でシテは松山隆之。宝生流は初めて。

盛久は、平盛久ではあるが、清盛系列ではなくして、伊勢平氏らしい。

源平合戦の後に、京に潜んでいた盛久は、捕らえられて、鎌倉に護送される。まず深く信仰する清水寺の観音に詣でてから、東下り。いざ、由比ヶ浜で処刑されんとすると、観世音菩薩の御利益によって、太刀が折れてしまい、救命され、感に入った源頼朝に許される。

 

法華経の中の、観音経の御利益を解く、宣伝みたいな。

法華経の、「観世音菩薩普門品第二五」は、観音経とも呼ばれ、尊ばれていた。

その中の一部、「或遭王難苦 臨刑欲寿終 念彼観音力 刀尋段差壊」がモチーフ。訳は「或いは、王難の苦しみに遭い、刑罰を受けて命終わらんとするに、彼の観音の力を念ぜば、刀はにわかに段々に折れるだろう」かな。

観音様(観世音菩薩、観自在菩薩)は、いつどこにでも助けに来てくれる、ということ。

他の部分も出てくる。「衆怨悉退散」。これは「もろもろの怨念は悉く退散する」かな。

更に「種種諸悪趣 地獄鬼畜生 生老病死苦 以漸悉令滅」。これは「様々な多くの趣味と地獄・鬼・畜生、生、老、病、死の苦も、以て悉く滅する」かな。

すべて、観音力による。

それを信仰し、刑に臨んで観音経を唱えた盛久が、観音力によって救われる、というのです。

 

現在能だから、「直面」で。難しいよなあ。目の玉がしっかと動かない。

頼朝に許されてから乞われて舞う男舞。これは勇壮にせねばならぬ。

 

宝生流の節付けは、やはり、ちょっと違う感はあったが、現在能で、語りが多いので、そんなに不快ではなかった。

辰巳満次郎さん、語りも舞いも、東下り中ずっと佇立している姿も良かったです。

まあ、人気曲なんでしょう。解りやすいし。といっても、観音経は難しい。昔の人は解っていたんでしょう。

 

お能を観ている内は、様々忘れられる。これも観音様の御利益かしら。