7月30日(土) 国立能楽堂

おはなし 天野文雄

(休憩)

能 『賀茂物狂』 (観世流 観世会)

  シテ(女 狂女)観世清和 ワキ(女の夫・都人)福王茂十郎 

  ワキ(賀茂の神職)福王知登 ワキ(都人の従者)喜多雅人

  笛:松田弘之 小鼓:飯田清一 大鼓:亀井広忠 地頭:岡久広

  面:シテ(女・狂女)「まゆかき」(友水 作)

 

数年にわたって、◎能を再発見するシリーズがあって、今回は、『賀茂物狂』。

宝生、喜多、金剛の3流では現行曲ではあるモノの、後場のみ。観世と金春では、蘭曲という謡だけであったらしい。

それを、天野先生やら、観世宗家、梅若実楼雪、福王茂十郎が、結構な労力を使って、観世流として、前も後もある完全な曲として作曲というか、復曲というかしたらしい。

とにかく、観世御宗家の力が入っていて、7月4日(月)には、仕舞と解説、討論だけの企画・当別公開講座があって、熱意に押されて私も参加してきた。ブログ参照。

国立能楽堂のパンフレットも、特別な寄稿もあり、何しろ、特別。

 

お話は、多分事前の公開講座の一部だったのでしょう。30分間中25分は寝ていた。

 

能『賀茂物狂』、当然初めてです。

ストーリーは、都人である夫が東国に出かけてしまって、音信も不通になったので、前シテ女は別れさせて欲しいと賀茂神社にお願いに行き、水面に書いて願う。ワキ神職が出てきて、神のお告げだとして短冊を渡す。

「恋せじと 御手洗川に せし禊ぎ 神は受けずも なりにけるかな」

つまり、別れてはならんという御宣託でした。水に何を書いても、神は受け付けないよ。

場面は変わって、東国からワキ都人が帰ってくる。妻が見つからないから、賀茂の祭に行こうと。そこで、狂女に出会うが、あれこれあって、やっと、その二人が夫婦であることの気付く、というだけ。

後場の、後シテ物狂いのクセ舞や、中ノ舞が見どころ。

 

もしかしたら、考えてみたら、観世御宗家の仕舞は見たことはあるが、能1曲は初めてかもしれない。『翁』はあるけど、ね。御宗家にもなると、位の高い曲しかシテは出来ないのかも。

舞は、キチンとしていて、好い加減な評価だけど、120点では無い、100点でも良い。つまり、御宗家ともなると、伝統の継承という面もあって、新趣向の取り入れなどは難しいのかも。クセ舞は、御宗家の作らしいが、それこそしっかりと、基本に忠実に型を連続させているし、それはそれで美しい。120点は出せない、というか、120点目指しちゃいけないのだろうね。

 

使用した面は、「まゆかき」という名称らしいが、遠目に見ても美しい女面。衣装も美しい。これはさすがに観世御宗家。

 

梅若楼雪が地頭の予定だったが、欠席で、岡久広に交替。これは残念。楼雪が地頭だったら、もっと地謡が重厚かつ軽やかにもなっただろうにと。どうしたのかな。暑さで疲労したかな。

調度、「能楽タイムズ」8月1日号が届いていて、横浜能楽堂の三老女評論が書いてあって、そこにも、2回行った楼雪の地頭が絶賛されていた。

 

8月は、能楽の谷間で、企画が少ない。暇な一ト月になりそう。日フィルも無い。

高等遊民は、ここで、病の治療に専念しようかと思っていたが、投薬だけになってしまって、暇。

『源氏物語』寂聴訳が面白いので、読み返し中。冷房を効かせて、読書しましょう。