9月29日(水) 山形市民会館

素謡 『砧』

  シテ(妻)梅若実 ワキ(芦屋の何某)角当直隆

舞囃子 『絃上』

  シテ(老翁)松山隆雄

(休憩)

狂言 『麻生』 (大蔵流 山本東次郎家)

  シテ(麻生の何某)山本東次郎 アド(藤六)山本則重 アド(下六)山本則秀 アド(烏帽子屋)山本則俊

能 『土蜘』 (観世流 梅若会)

  シテ(怪僧 土蜘の精)梅若紀彰 ツレ(源頼光)山崎正道 トモ(従者)土田英貴 ツレ(胡蝶)高橋栄子

  ワキ(独武者)宝生欣哉 アイ(独武者の下人)山本泰太郎

  笛:松田弘之 小鼓:飯田清一 大鼓:亀井広忠 太鼓:澤田晃良 地頭:角当行雄

 

山形能は、2~3年おきに、梅若会の実玄祥先生がシテ役で何回か執り行われていて、今回は、日本全国能楽キャラバンの一環で、能楽協会も主催者となって開催された。

チラシの大見出しには、ご来演人間国宝梅若実、人間国宝山本東次郎との記載。

当初チラシでは、舞囃子『絃上』→狂言『麻生』→素謡『砧』→能『土蜘』の順であったが、上記の通り変更され、更に、当日になっての連絡で、開始時間が15分早まる。

翌日には、能楽座自主公演が国立能楽堂で予定されていて、そこにも、梅若実先生も出演されるので、早めに帰りたかったのではなかろうか。

 

開始時間になって、緞帳が上がると、すでにそこには、謡のメンバーが着席していた。後列中央の実師の後ろには若い後見役が付いていて、椅子を押さえたり、詞章のアドバイスなど。実先生の足腰が悪いのをカバーする演出で、違和感はない。

ご挨拶から始まって、素謡『砧』。実先生の謡は、声も出ていたし、良い声だし、節も乱れない。これで良いのです。

素謡が終了すると、また緞帳が下りて、見えない風に退場したらしい。勿論幕のない能舞台では無理だけど、ホールではこういう演出をすれば、実先生の困難な出入り歩行が隠せるというモノ。これで良いのです。

 

舞囃子『絃上』。シテの松山隆雄さん。かなりのご高齢だけど、しっかりした謡と舞。キチンとした型で。よろしゅう御座いました。

 

狂言『麻生』は、2回目。前回は2020年1月の東次郎家伝12番で。

シテが登場すると、丁髷の鬘を付けている珍しい狂言。昔の人は皆丁髷だったから良いけど、明治以降は断髪したので、この曲を演ずるときには、鬘が必要という訳でした。

訴訟に勝って信濃国に帰るに当たって、小袖、裃、烏帽子が必要。烏帽子を被るには、烏帽子結いをしなけらばならないが、この結いが面倒。でも、アド藤六が、習ってきたとおりにシテ主人に結う。めんどくさがる主人を説得しつつ、舞台上でホントに結い上げる。大したモノだ。前回もそのアド藤六役は則重さん。

アド下六は、烏帽子屋さんに烏帽子のできたてを取りに行く。まだ乾いていないから、棹の先に釣るしながら。でも、帰りに宿がどこだかわからなくなる。迎えに来たアド藤六も場所が解らなくなる。そこで2人は、「信濃国の住人、麻生殿の身内に、藤六と下六が主の宿を忘れて、囃子をして行く、げにもさあり、やようかなもようよのう」(?)と囃子声を上げながら歩く。その調子良さに浮かれて、宿の中のシテ主も、身体を動かしていく。3人して囃子して行く。

ああ、目出度いという曲。

舞台上の髪結いも素晴らしいが、なんと言っても、膝が悪いはずの人間国宝山本東次郎は、それをちいとも感じさせず、見せずに、立ち居振る舞い。そうとは知らない山形の見所は、膝が悪いなどとはまったく気が付かないはず。

さすがに、人間国宝。素晴らしや、素晴らしや。これぞ国宝。

 

お目当ては、紀彰先生シテの『土蜘』。このために、わざわざ早起きをして山形まで来たのです。

『土蜘』は、謡のお稽古の始まりだという感慨もある。4回目だけど、紀彰先生のシテは初めて。ほとんど詞章は頭に入っている。改めて、配役を見てみると、最初に登場するのは、病いで伏せっている風のツレ頼光と従者太刀持ちのツレ。次いで、胡蝶が薬を持ってくるのも、ツレ。こんな配役だったんだ。

ツレ胡蝶が女流シテ方。これも珍しい。胡蝶は女性だから、女流シテ方でも良いはずだけど、珍しいし、男性シテ方に交じっての女流で、緊張したのかしら、登場時に、右手が小刻みに揺れる。でも、謡が進むと大丈夫。地謡と合唱することもないから、女流で良いのです。高橋栄子さんはベテランだし。

深夜に前シテ怪僧が現れる。これが紀彰先生。直面で。橋掛かりで病の見舞いを装った後、きっと顔を変えて、ツレ頼光に襲いかかって血筋の蜘蛛の糸を投げかける。紀彰先生は、後ろ投げにも糸を投げる。ツレ頼光が切りつけて反撃すると、怪我をして去って行く。

この声を聞きつけて登場するのが、ワキ独武者。ここでワキがやっと登場でした。

今回は小書きはなくて、アイ狂言は山本泰太郎さんの語り。戦いには行かずに、怖いからと帰ってしまうのですね。

後場は、ワキ独武者とその従者と、後シテ土蜘の精との戦い。小書きがないから、土蜘族は一人だけ登場。

後シテは、作り物の土塚の中に入っている。引き幕が落とされて中にいる後シテが語るのだけど、面をかけていて、更に、ホールだから声が上方に拡散されて、あの良いお声がよく聞き取れない。ワタクシは詞章がわかるからそれでも付いていけるけど、そうじゃないと勿体ないというか。能楽堂能舞台とホールとでは、音響効果が違うなあ。

後場でも、何回も血筋の糸をくりかける。紀彰先生は、両手に持って、舞台中央から客席に向かっても投げかける。客席からは拍手まで出る。歌舞伎か。

でも、なかなか、蜘蛛の糸の仕掛けを外すのがうまく行かないか、両手の中でぐるぐる回しながら、仕掛けを切る場所を探っているよう。でもこれも観客にはわからないだろうな。

前に座っていた伯母さんなんか、糸を手に取って、拝んでいる。大喜びでした。終演後も、客席側に残った糸を集めている人もいる。

解りやすい曲で、大ウケでしたね。東京、鎌倉、横浜のお弟子たちは、私ともう一人だけだったから、山形県民にも、紀彰先生の魅力を十分にアッピール出来たし、満足していただけたと思います。

勿論、ワタクシも大満足。

 

山形は黒川能の地だから、ああいう拍手もありなんでしょう。地域性というか。都会の能舞台ではないから。

良かったと思います。