7月7日(水) 国立能楽堂

狂言 『咲嘩』 (和泉流 野村万作の会)

  シテ(太郎冠者)野村万作 アド(主)内藤連 小アド(咲嘩)石田幸雄

(休憩)

能 『東方朔』 (観世流 九皐会)

  シテ(老人 東方朔)観世喜正 前ツレ(里人)桑田貴志 後ツレ(西王母)奥川恒治

  ワキ(漢武帝)福王知登 アイ(官人)野村太一郎 アイ(仙人)高野和憲

  笛:竹市学 小鼓:清水晧祐 大鼓:白坂保行 太鼓:桜井均

  面:前シテ・小牛尉 後シテ・鷲鼻悪尉 後ツレ・万媚

 

狂言『咲嘩』、和泉流としては初めて。この曲は、大蔵流では『察化』と表記する。和泉流ではよく上演されるらしいが、大蔵流では茂山千五郎家と山本東次郎家のみらしい。ワタクシは、その大蔵流茂山千五郎家で、2019年6月国立能楽堂で観ている。これは『察化』であって、今回、どう見ても同曲だけど、『咲嘩』となった。

連歌の初心者向け会の指導者として、都の伯父を迎えに行ってこいとシテ太郎冠者に命ずる。ところが、名前もどこに住んでいるかも聞いてこなかった。都に行けると舞い上がったか。道で呼ばわって探していると、すっぱが、わしがその伯父じゃと。

連れて帰ると、都でも有名な「見乞いのすっぱ」であることをアド主が見抜くが、後難を恐れたか何か、すぐさまに放逐せず、接待などをシテ太郎冠者にさせるが、旨く言えないので、アド主の口まねをせいと命じるが、内輪話まで口まね、身振り真似をするものだから大混乱、というお話し。

最後も、アド主がシテ太郎冠者を投げ飛ばしておいてから、小アド咲嘩に押っつけ料理を出すと述べて退場するも、それまでもシテ太郎冠者が、真似てしまって、小アドすっぱを投げ飛ばしておいてから、小アドすっぱに対して丁寧に、押っつけ料理を出すと告げて、シテ太郎冠者、すっぱ咲嘩の順に、何もなかったかのように退場して、お終い。

ふーむ。この心理劇は何じゃろうか。まず、すっぱの咲嘩が怖い。見乞いの、と言われるほどしつこいすっぱ。只では済まない。ホントはキチンと伝えなかったアド主が悪いのだが、シテ太郎冠者は、不満なのですね。全部自分のせいにしやがって。そこで、主に対する復讐か。けども、自分でもすっぱが怖い。すっぱにもいい顔をしたいし、主にも逆らえないけど、復讐もしたい、ということかな。

和泉流の『咲嘩』がイコール大蔵流の『察化』であると確かめられて良かった。

 

能『東方朔』、これは初めてだけど、桃を食べると三千年寿命が延びる話だとすると、『西王母』と同じじゃないか、と観能前は。

パンフレットによると、本曲は金春禅鳳の作であるところ、その祖父善竹の作と伝えられる先行曲『西王母』のシテ西王母を後ツレにしたものだと。

東方朔というには、前漢の武帝(激しい気性で側近らを殺した)から、終生信認を得た実在の人物で、司馬遷の史記でも出てくる、らしい。有名人物なのでした。知らなかった。

そんなことで本曲の役割を見ると、後シテがその東方朔、後ツレが西王母、終始登場するワキが漢の武帝、という訳。知っている人が観れば、有名な人々が登場する、有名な桃三千年の逸話に関わる話、ということ。司馬遷の時代は、道教だけど、本邦に持ち込まれて仏教と関わり、一部変容がなされる逸話。

一畳台が持ち出されて、王宮。そこに登場して座すのがワキ漢の武帝。前シテ里人老人が現れて、瑞相があるなどと語り合う。前場でも、壮麗なイメージで、何しろ、漢の武帝の宮殿なのだから、お太鼓も初めから加わる。

中入り後が見物。[出端]で、後シテ東方朔が重々しく登場。橋掛かりの一の松で、自分は東方朔だと明かし、桃を食べたので、3回も食べたので、九千歳になっているのだ、と。この桃を武帝にも捧げるだろう、と。

後シテ東方朔が笛座近くの葛桶に座ると、後ツレ西王母が登場する。桃の花と実を両手に捧げ持っており、ワキ武帝に捧げる。

見どころの[楽]。まず、後シテ東方朔と後ツレ西王母の相舞。綺麗に、キチンと。優雅に。

次いで、後シテ東方朔が一人舞う。これが、10分も15分も。観世喜正は、声も良いし、舞う姿も美しい。後見座には、父の観世喜之。しっかり後継が完成したのですね。

再び相舞になって、ワキ武帝は感動して名残を惜しんで、重ねて参内せよとの宣旨。それを受けて、後ツレ西王母は、橋掛かりで一度立ち止まって様子を窺いつつ、退場し、後シテ東方朔も、退場。序破急の急で、ピタッと。

 

曲が良いのか、観世喜正が上手なのか、素晴らしいお能でした。

見所には、九皐会というか、観世喜正師のお弟子さんと思われる方が多数いらしていて、チラと観ると、沢山の書き込みがある謡本。それを熱心に観ながら、舞の舞台も見ながら。

ふむふむ、という風景。やはり、そうなんだね。国立能楽堂の常連さんというよりも、大型観光バスに乗ってきた、お弟子さん達。チケットを沢山取ったのでしょう。