6月13日(日) 横浜能楽堂

狂言組 (和泉流 野村万作の会)

お話し 中村修一

『入間川』 シテ(大名)深田博治 アド(太郎冠者)飯田豪 小アド(入間の何某)月崎晴夫

(休憩)

『隠狸』 シテ(太郎冠者)内藤連 アド(主)中村修一

 

解説で、中村修一さんの話を聞くのは初めてかな。

 

『入間川』、何度目か。今、狂言鑑賞のまとめを作成中で、ブログ開設以降だけど、大変。まだ、2019年12月までだがmまあ、良くこんなに見たモノだと。我ながら・・

さて、この『入間川』、入間様という逆さ言葉の遊び狂言としか思えない。話中に、上方様というセリフも出てきて、これはまあ通常なのだけど、それとの対比も出てくるし。

訴訟に勝って、揚々と帰る途中。気分は上々。大きな川に当たって、何の川だ、聞いてみよう、とこの問い方が気にくわない小アド入間の何某は、乱暴な調子で答える。するときの短いシテ大名はひどく立腹して、成敗しようと。これは、アド太郎冠者に諫められ、丁寧に聞けばよろしいと。素直に聞き入れて、改めて問うと、小アド何某も丁寧に答える。この敬語の使い方、丁寧語か乱暴か、が伏線になる。シテ大名はうれしくなって、親しみすら感じる。

聞けば、川の名前は入間川、宿の名も入間の里、答える人物は入間の何某。つまり、その地方の豪族のような。地名そのままだから。

で、川の浅瀬を聞くと、もっと上がった辺りが浅いと答えてくれるのに、そのまま渡ろうとして、深みにはまってしまい、救助される。

そこで又々シテ大名は立腹、成敗致すと。入間様という言葉遣いは、逆さ言葉なのに、ここは深いと答えた、ということは浅いという意味のハズ、嘘をついたな、と。まったく勝手なシテ大名だ。

成敗致すと威すと、小アド何某は、却って安らかになったと。これも、入間様で、成敗する、というは、成敗しないという意味だから、と。

今度は、シテ大名はこうしたやりとりに喜んでしまって、次々に入間様を語らせては、太刀、扇子、小太刀、素袍と褒美を取らせる。うれしくない、といわせて喜ぶ。入間様だから。

ところが最後に大逆転。上方様で答えよと。うれしくないのか。うれしいと答えると、それは入間様で、結局うれしくないのだと決めつけて、あげたものを取り上げてしまう。ここなやつ、やるまいぞ。

何だか、妙な、単純で複雑な言葉遊びのようですが、山本東次郎先生は、その著書「狂言のことだま」の中で、この『入間川』は、念願成就が人を傲慢にさせる、人間の心の隙を鮮やかについたすばらしい心理劇だとおっしゃる。

フムム。これはまだ理解できない。見巧者にはなれていないのですね。

 

『隠狸』、これも何回か。アド主が、狸汁を振る舞いたいから、市で狸を買ってこいと、シテ太郎冠者に命ずる。実は、シテ太郎冠者が狸釣りの名人であることを知っている。自分が売りに出たいので、理由を付けて断ろうとするが、押し切られて、渋々、市に行くだけは行って、売っていなかったなどとごまかそうと。そこまで見抜いているアド主は、市に先回りして、しかも、シテ太郎冠者は酒が好きだからその用意もして、おだてようと。

市で出会ったフリをして、酒盛りをしようと、そこで謡や舞をしようと。酒好きなシテ太郎冠者は、初めのうちは、腰の後ろに大狸を隠しているが、いよいよ見つかってしまって、取り上げられてしまう。

さて、この心理劇は何か。アド主は、なるべく金をかけないで狸を手にしたいと思ったのだろうか。太郎冠者め、狸を釣っているクセに、主に黙って市で儲けようとしている、けしからん、差し出すべきだ、ということか。

あの時代、狸は高額だったのかな。たしかに、そんなに簡単には捕まえられないし、仏教の影響で、狸など表だって食せないはず。秘密取引か。

一度狸汁を食べたことがあるが、秋田の漁師から密漁したのを頂いて、そんなに美味しくなかったけど。臭いから味噌煮込みにするけどぶくぶくと泡が立って、味も何も。旨いのは山鳥。あの「長々し尾の~」古歌の。兎も旨いし。何で狸なのかしら。

 

事前に告知されていたのは、『入間川』のシテ大名役が、高野和憲さんだったのが、病気などではなくして、深田さんに交替。

 

今回のメンバーは、和泉流野村万作の会の若手というか中堅になろうとするヒト達。

さすが、師匠譲りで、キチンとした動きや発声などはできているのですが、なんだろう、もう一つピリッとしないというか、普通に上手というか。

1曲のシテでも、あるいは後見でも良いから、野村万作先生がいると、ピシッと舞台が締まる気がする。

なんだろう。それが、人間国宝の実力と言うべきなのでしょう。

野村万作、萬斎、裕基と連なる系譜。ここは血で成功。その他は、親戚でも無い感じで。

配役の交替とか、何か、関係しているのかな。まさか、万作の会も、分裂とか。あるいは、再編とか。