6月12日(土) 国立能楽堂
解説・能楽案内 『能・狂言の鳥』 竹本幹夫
狂言 『千鳥』 (大蔵流 善竹家)
シテ(太郎冠者)善竹忠重 アド(主)大藏教義 アド(酒屋)善竹忠亮
(休憩)
能 『善知鳥』 (宝生流)
シテ(老人 漁師の霊)金井雄資 ツレ(漁師の妻) 子方(千代童)藪俊太郎
ワキ(旅僧)野口能弘 アイ(浦人)善竹十郎
笛:槻宅聡 小鼓:曽和鼓堂 大鼓:柿原弘和 地頭:朝倉俊樹
面:前シテ・「三光尉」 後シテ・「痩せ男」 ツレ・「曲見」
解説の竹本先生は、早稲田大学を定年退官されて、名誉教授。25分かけて、たっぷり解説。原稿持たず。月間特集・日本人と自然 花鳥風月で、鳥を担当するために来たと。6月2日定例公演が花だったのでした。その時には、解説なし。
竹本先生は、学者の現役時代より講演が上手になった。というか、何かに囚われなくなったのだろうか。内容は、演目解説なのだけど、自由に語る。
能楽が好きなんだと思う。好きだから、思ったことをそのまま語る。そういう地位になれたのかしら。馬場あき子さんと並んで、面白い。
狂言『千鳥』、何回か観ているはずだが、良く記憶にない。狂言の中でも上演頻度の高い曲目とパンフにあったけど、そうかな。『附子』とか、『萩大名』とか、『柿山伏』とか。
ストーリーは、アド主から酒を買ってこいと命じられるが、ツケが溜まっていてシテ太郎冠者は気が乗らない。でも、どうにかしなくちゃならないのです。ここまでは、別の曲でもあったような。
アド酒屋は、話し好きで、そこにシテ太郎冠者がつけ込んで、様々な仕方話をしていく。まず、代金を持ってきたと嘘をついて、酒樽を出させて、それをどうやってゲットするか。只で。その説得というか、有様が面白いのだけど、その内容が良く聞き取れない、理解できない。だから、面白いフリの部分は良いのだけど、それ以外は、ダメなんです。だから、記憶に残らないか。
最後は、こっそりと取り上げてしまう。やるまいぞ。
演者の問題もあるのかな。眠くなってしまった。どういう心理劇か、も理解できず。見巧者ではなかったです。
能『善知鳥』は、2回目。2020年10月に、横浜能楽堂、馬場あき子と行く歌枕の旅、で。このときは、馬場さんの素晴らしい解説に感動して、楽しかった。
そして、今回は、国立能楽堂に行くと、檜書店の対訳で楽しむシリーズ『善知鳥』が販売されていた。6月22日発行とあるので、先行販売的。著者が、解説者の竹本先生でもあるので、この日に合わせたか。ともかく即買い求めて、開始前に目を通す。
殺生を扱う曲の三卑賤の一。『阿漕』と『鵜飼』。まだ、『阿漕』は見ていない。
前場では、前シテ老人は、ワキ旅僧が立山修行から下ってくるのに会って、昨年死んでしまった漁師であるが、陸奥外の浜に遺されている妻子に形見を届けてくれと頼み、本人の証拠に袖を引き裂いて渡す。ここまで、前シテ老人は、舞台に出ず、橋掛かり上だけで、舞台や橋掛かりに来るワキ旅僧と語るのみ。
後場では、ツレ妻と子方がワキ旅僧に事情を聴いて、確かに亡き夫の袖だと確かめた後、後シテ霊が出てくる。かつて、親子鳥を引き離して捕らえた報いからか、子方に寄っていくけど、下がってしまう。
そして、かつての漁の様子や、地獄で苛まされる様、転生してからのことを、<カケリ>で舞う。
ずっと地獄の様子を語るのではなくして、実は、転生した後のことだと、これは、竹本先生の新説だって。
カケリの初めでは、杖を持って、子鳥を捕まえる様、地謡の前半では、黒漆塗り菅笠を持って親鳥から地獄で苛まされる様、地謡後半では、扇子に持ち替えて、転生後のことを。最後まで成仏できずに、助けてちょうだいと言いながら、消えていく。
舞は、優美なモノではなくて、型はあるのだろうが、舞と言うより、舞働き。
子方の藪くんは、8歳。開始前から舞台に出てきて、ワキ座に座りっぱなしがほとんどで、最後まで。痺れて立てるかと思ったけど、大丈夫でした。大変だねえ。
ところで、善知鳥という鳥は実在するのか。広辞苑によると、チドリ目ウミスズメ科の海鳥、とあるから、まったく架空の鳥ではないのですね。ただ、親が「うとう」と子を呼ぶと、砂浜で「やすかた」と答えてしまう、のは、架空だろう。
それを利用して、子鳥をたやすく捕獲できる、それで、親鳥は悲しみと怒りで血の雨を降らせるというのは、創作だろう。作者不明。1465年に上演記録があるから、鎌倉時代。大分下ってからの作ですね。世阿弥風ではないのか。
でも、カケリ以後が、緊張感と激しさが溢れて、良い曲です。
そういえば、竹本先生は、解説の中で、謡の詞章を文章として頭で読んで理解するよりも、ともかくこの曲は、耳で聞いて楽しい曲だと、話していた。物語としては、やや、誇張が過ぎるが、本説もないだろうし、だけど、謡って楽しい曲と言うことか。