歴史が好きな少年が必ずと言って良いほど通る作家に司馬遼太郎がいる。私も類に漏れずである。

綴られる物語は、史実に忠実なわけではない。
にしても、学校で習う近代史の淡白ぶりに何も疑問に感じでいなかった少年には、無名に近い人物にフォーカスし、膨大な古書から人物の足跡を辿り、今のように交通網もない時代に現地に足を運んだであろうその描写からは、登場人物の息づかいまで聞こえきそうで、どの作品も作者からの熱量に当てられてしまう。

ちょうどNHKで新撰組を放映し始め、まだ話が多摩武州の頃
4度目になる竜馬がゆくを読みながら京都一人旅をした。

清水寺近くにある三年坂の中腹に、今も当時の面影のまま営業する明保野亭や、有名な寺田屋など思い描いていた情景に近く、軽い興奮をしながら巡ったのを覚えている。

先ほど、司馬遼太郎の名前は、中国史も好きな人には馴染みがある「史記」を編纂した司馬遷への想いから「司馬遷を遼か敬慕する日本の太郎」をペンネームとされたことを知った。

史実にだけでなく、当時の生活様式や文化なども描写される所などは、まさに日本の司馬遷と納得してしまった。