人生の快楽は周りの人と楽しく暮らすことであって、

それを楽しむためのお金があれば構わない。


そんな風に思って、毎日を過ごしている。


しかし、学び続けること、失敗を重ねないことの重要性も承知している。


ぼくらにはいくつだって選択肢はあるはずなのに、

その自由はどこか遠い国のお話になってしまって、

取り巻く環境によって、見知らぬ他人によって、

僕らの世界は支配させている。


仕事をするにしても、人から影響を受けてこの場所にいる。

友人や、家族、上司、部下、などなど

時にはすれ違う人物、時には近所の猫にさえ学びを得ることがある。


でもそれ相手が意識的に行っていることではなくて、

意図的なことの方が稀である。


そう考えると、どこかで自分も見知らぬ誰かに

良きにしろ、悪きにしろ影響を及ぼしているのかと感じる。


お隣さんはお隣さんへ影響を及ぼし、

さらにそのまたお隣さんへと影響が続いていく。


そうして世界とつながっている今日がある。


よく読む作家が「ALL FOR ONE(すべては一つ)」を掲げている。

すべてに包み込まれ、そして誰かを飲み込み、リンクする。


自分のすることは小さいながら世界を変える。


そんなことを思うと、机に置き去りにされた空缶だって

5m先のごみ箱へ入れてみようなんて気分になったりする。


自分の人格を偽らない程度の小さなことでいい。

一歩前へ踏み出し、昨日より進んだ、充実感のある今日を描き、

リアルの待つ明日を怖がりながら、世界のみんなとそれでも前へって

飛んでみる。

自分自身の存在を知る。

他人から見てどういうキャラクターなのかを知る。

そして自分のキャラクターと真逆のことを考える。

行動する。


これこそがギャップであり、相手の固定的な考えを打ち砕く方法である。


自分の置かれている立場もしかり。


設計を勉強 + ボクサー(破壊の美学)

会社員 + ゲリラ

音楽 + 無音空間


自らと対峙しているものはなんなのか。

横に繋がるものを感じることはできても、対極にいるものは感じづらい。

常に意識して、思考を巡らす。

対峙している距離を知り、世界の広さを知る。

そして、対峙しているものも、決して繋がっていないものではないことを知る。

すべては連鎖し、自分へと帰ってくる。

自分を知り、世界を知り、また自分を知る。

自らの意識から、世界を放つ。

目の前の人間との距離を測る。

違う世界へと飛び込む。


その勇気が自らを変えていく。


古いものを捨て、ものを巡らせ、新しきを得る。


そう、君が想うあの子までの連鎖はもう少し