人生と”創造”の会オリノです。

 

信仰という言葉の意味を辞書でしらべるとこのように書いてある。

信仰・・・神・仏など、ある神聖なものを(またはあるものを絶対視して)信じ尊ぶこと。

また似た言葉に帰依がある。

帰依・・・(神や仏など)すぐれたものを頼みとして、その力にすがること。

信仰と帰依はよく似ているが、少しニュアンスが違うようだ。

 

このブログで私たちがしていることは二つの言葉が妥当だろう。

推測・・・物事の状態・性質や将来を、部分的・間接的に知り得た事柄や数値から推し量ること。

洞察・・・(物事の本質を)見通すこと。見抜くこと。

 

【神】は信仰・帰依の対象であり、【巨大な意識】は推測・洞察の結果である。

【神】と【巨大な意識】はよく似たものだが、決定的な違いがある。

 

それは人間への対応と、喜怒哀楽の感情を見せることである。

それこそ【神】が持つ特徴であり、【巨大な意識】に無いものである。

 

【神】は全知全能の善なる存在である。

【神】のみが完全であり、何が善で何が悪か判じることが出来るできるのだ。

だから人間は、人間を創った父なる【神】を信じ、愛し、与えられた教え・戒律を守り、善良でなくてはならない。

【神】を畏れ、謙虚に誠実に生きた者は死後に【神】の住まう天国に引き上げられ、永遠の命を得る。

反対に、欲望のままに生き、戒律を破った罪多き者は地の底に投げ落とされ、地獄の業火に焼かれることになる。

 

さて、ここで問題です。(笑)

上の文章から、【神】の抱える矛盾が解ります。

それは何でしょうか?

 

何で今日書かないかって?

連日の投稿でちょっと疲れた(笑)。

 

次回更新 理不尽