人生と創造の会オリノです。

 

【創造の欠片】である霊は、人間に生命と人生をもたらし、肉体の生命が終わる時まで分身ともいえる人間に寄り添い、その生命を賦活し、一挙手一投足を見守り、時には人間が成さんとする行為が【創造の法則・掟・勧告】に抵触することを警告する。

人間の霊は、物質的領域に創り出した分身に絶えず愛を注ぎ続けるが、支配と強制をすること、苦労や苦悩を取り去ることはしない。

人間自身の自主的努力・学習によって成し遂げられる進化・発達を阻害するようなことはしない。

それは、【創造】が【創造の欠片】である人間の霊に支配・強制することがなく、独力での進化・発達を義務付け、その範囲での自由を保障しているのと同じ関係が、霊と人間の間にもあるのだ。

 

話を転生に戻しましょう。

人間の霊が、物質的領域では人間として存在し、その死後は霊的領域に戻るというサイクルを繰り返す中で進化・向上することはイメージできるだろうが、どうしても転生論議をするときに引っ掛かる点がある。

前生(世)の知識・記憶は何故引き継がれないのか?

転生の理解・説明を難しくしている謎である。

それを転生否定の根拠にする人もいるようだ。

同じ人間が生まれ変わるのに、何故リセットされてしまうのか?

ということなのだが、実は下線部が間違っている。

転生をするのは主体・本体である霊であって、人間の意識・人格ではない。

人間が日常において用いる意識は物質的意識とよばれるものであり、それはほぼ人格・自我に相当する。

霊のもつ霊的意識とは区別されるが、両者は半霊半物質的意識である心・心的意識を通じて一体になっている。

物質的事物・感覚に依存する物質的意識は肉体の死によって感覚が遮断されることにより機能しなくなる。

臨死体験のように肉体の機能が一時的に停止した時は、物質的意識は中断していると思われるが、完全に霊的領域に移行した際には霊的意識へ切り替わり、本来の自意識に戻ると思われる。(この一文は筆者の推測である)

つまり、各人生には、それぞれの人生に適した物質的意識・人格が用意されるが、霊が霊的領域に移行するころには解消されるということだ。

 

 

ここでコペルニクス的転回をすることになる。

地球を中心に太陽が周回しているのではなく、太陽を中心に地球が周回しているのだ。

人間を存在させるために霊が必要なのではなく、霊の進化・発達のために人間は必要な存在なのだ。

霊が進化のために物質的領域で学ばなければならないことは膨大にあり、それを成し遂げるためには多くの人間の人生が必要となる。

また人間の意識・思考・知性は脳に依拠しているため、違う肉体には基本的に持ち込めないのだ。(例外もある)

過去に生きた人生の中で獲得されたものは霊の中に蓄積されているが、新しく生まれる人間は一から学ぶことになる。

 

肉体としての人間は一時的存在であり、【創造の進化法則】に規定された存在である。

霊と【創造】の進化・発達のための道具とも言える。

進化を開始する霊のための器である。

そのように書くと、人間が使い捨ての紙コップみたいに感じるかもしれない。

 

だが、それでも人間は【創造】が手掛けた素晴らしい作品(生命)であることは間違いない。

他の生命がそうであるように、全く同じ人間は存在しない。

全てのものが唯一無二の存在だ。

この宇宙がどれほど広く、どれほど長い時間続いても、あなたという人間は今・この場所にしか存在しない。

あなたの本体である霊が何十万回もの転生を繰り返しても、あなたという人間の人生を経験できるのは一度きりであって、今だけである。

最も偉大な【創造】もあなたを貴重で素晴らしい存在と認めている。

その証拠として、あなたは唯一無二の存在であり、あなたはどう生きるかを自分で決める自由と力をもっている。

そして、その生き方が霊の進化を促すことになる。

 

 

 

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