オセ山古墳
おせやまこふん
前方部が削平された可能性のある古墳
おせやまこふん
前方部が削平された可能性のある古墳
古墳探訪記246回目は奈良市のオセ山古墳です。この古墳の名称については、オセ山古墳の他にマラ塚古墳、あるいはゲンオ塚古墳とも呼ばれているようです。先に紹介した塩塚古墳の北東に位置しており、現状は円墳のように見えますが、測量によって、西側に前方部を向ける前方後円墳である可能性を指摘されています。
オセ山古墳は測量図を見ますと、西側に続く墳丘の高まりがあり、さらに西側に向かって若干周囲より高い地形が続くことやこの部分の土の色が周囲と違うことなどにより、前方後円墳の可能性がありますが、後世による墳丘の改変を受けているので、墳丘の形状については、円墳である可能性もあり、断言できない、と奈良県遺跡調査概報(1978年度)では述べられていました。また古墳はまだ本格的な調査は実施されておらず、埋葬施設については不明です。測量時に葺石や埴輪は確認されませんでした。
古墳の周囲をめぐる空堀の形状が南西にある塩塚古墳と似ていることから、築造年代については、塩塚古墳と同じ5世紀前半~中頃と推定されています。オセ山古墳は知名度も低く、古墳周囲に説明版もないようなマイナー古墳ですが、陵墓の多い佐紀盾列古墳群の中にあって、佐紀瓢箪山古墳や塩塚古墳と同様に、発掘調査可能な古墳の一つであり、本格的な発掘調査が待たれる古墳の一つです。
オセ山古墳は測量図を見ますと、西側に続く墳丘の高まりがあり、さらに西側に向かって若干周囲より高い地形が続くことやこの部分の土の色が周囲と違うことなどにより、前方後円墳の可能性がありますが、後世による墳丘の改変を受けているので、墳丘の形状については、円墳である可能性もあり、断言できない、と奈良県遺跡調査概報(1978年度)では述べられていました。また古墳はまだ本格的な調査は実施されておらず、埋葬施設については不明です。測量時に葺石や埴輪は確認されませんでした。
古墳の周囲をめぐる空堀の形状が南西にある塩塚古墳と似ていることから、築造年代については、塩塚古墳と同じ5世紀前半~中頃と推定されています。オセ山古墳は知名度も低く、古墳周囲に説明版もないようなマイナー古墳ですが、陵墓の多い佐紀盾列古墳群の中にあって、佐紀瓢箪山古墳や塩塚古墳と同様に、発掘調査可能な古墳の一つであり、本格的な発掘調査が待たれる古墳の一つです。
《参考資料》
・奈良県遺跡調査概報(1978年度)
基本データ
所在地 :奈良県奈良市歌姫町
墳丘規模・形状 :全長約65mの前方後円墳?(現状は直径43m、高さ5mの円墳)
埋葬施設 :不明
出土物 :不明
築造時期 :5世紀前半~中頃
推定被葬者 :不明
所在地 :奈良県奈良市歌姫町
墳丘規模・形状 :全長約65mの前方後円墳?(現状は直径43m、高さ5mの円墳)
埋葬施設 :不明
出土物 :不明
築造時期 :5世紀前半~中頃
推定被葬者 :不明
アクセス :下記マップ参照ください。




