この間の日曜日は、参院選だった。不覚にも、何十年ぶりかで、投票できずで終わってしまった。
この参院選を見ていて、ふと思い出したことがある。
小生が、中学校1年生だったときに、生徒会長の選挙があった。生徒会長というのは、先生からも人気のある絵に書いたような優等生がなるのが普通な時代だった。そんな時代に、3年生の不良の代表、いわゆる番長の類の人物が生徒会長に立候補した。番長といってもギンカラな感じてはなく、挑発の今でいうジャニーズ系の男だった。不良というレッテルが張られているので、学校としては阻止したい。生徒の中でも、意見が割れた。小生のお姉ちゃん(実の姉)が3年生でなぜかアンチ番長派で、「○○には入れたらあかんで。」と言っていた。
小生は、小学校のときに児童会の会長になったこともあり、3年生になったら生徒会の会長の立候補しようと思っていたので、大変興味があった。お姉ちゃんが、そんなふうに言うかというと「○○(呼び捨てである)は不良やから、あんなんが生徒会長になったら学校が大変なことになる。」というものだったが、何がどう大変なのかよく分らなかった。
生徒会の会長選挙というのは、ちゃんと立会演説会をして、その後で、投票をするのである。
立会演説会の日、件の番長の演説は、大したものだった。格好よかった。何を公約にしていたかは覚えていないが校則に反発して何やら自由化を訴えていたように記憶している。これに対して、対抗馬の優等生。・・・・面白くない。生徒が思う、何をしてくれそうな期待は、圧倒的に番長の方にあったことは間違いないだろう。
そして、結果、なんと、先生方の心配が現実になり、番長が当選したのである。
しかし、番長にとっては、当選することだけが、目的だったみたいで、その後なんということもせず、生徒会活動はずっとさぼっていた。
生徒会とはどういうもので、どういう人材を選ぶのが学校生活にとっていいのか、そういう視点で選ばれたのではないことは明らかである。
この選挙の結果、どこかの国の選挙と似ているのではないか。
こういう選択は、その国の国民のDNAなのかも知れない。
ちなみに、小生はというと、お姉ちゃんのいうとおり、対抗馬の優等生君に投票した。自分の投じた一票が無に帰すかのような無常観を感じたものである。
小生とお姉ちゃん、小学校のときは、同クラスの学級委員長(卒業文集の中で小生に「弁護士」という言葉を覚えさせた人である)、中学校のときは生徒会長(落選者)・・・・と、へんなつながりがある。
