3人家族になった年の担任は
背中に太陽がついているような眩しい
先生だった。
夏目雅子似の28歳で、その名もまさこ。
皆が大好きになるのに時間はかからなかった。
笑い上戸で泣き上戸
大きな目をキラキラさせて話す先生だったが
泣く時は決まって朝だった。
教室に入るなり、
一気に溢れ出すように
涙がこぼれ落ちた。
皆先生に釘付けになる。
先生は
『皆…ごめんね』と言いながら
鼻のズルズルが止まらない。
泣くのも笑うのと同様に
開けっぴろげな先生には
いつも時間が必要だった。
クラス皆の無言の問い、
(何があったの?)に答えるように
『職員会議でね…… 私の意見は受け入れてもらえないの…悔しくて かなしくて』ビーズルズルー
先生は カイギを詳しく話すこともあったが小学生の私達には分からない。
先生は絶対に悪くない気がしたけど味方がいないのかも、、頭の中で仁王像に変身した校長先生達と戦う先生の構図が浮かんでいた。
それでも そんな
良く笑って
良く泣く
等身大の先生が
ー私達のとても近いところー
いるようで安心するのだった。
ある日 クラス全員、先生と交換日記をする事になった。
大好きな先生とノートでお喋りできる❣️
私はキキララ⭐︎のノートを用意した。
先生がうちにくる
家庭訪問の時期でもないのに先生から思いがけない言葉。
「今度 お父様とお話したいから、お家に行っても良いかしら?」
なんでかな?
片親だから?
でもーとにかく嬉しい♡
日曜日、
本当に先生はやって来た!
だけど
髪をしっかり1つに縛った先生は、
いつもの冴えた紺色ジャージでない。
靴も格好もよそ行きで、。
いつもの眩しい背中の太陽は隠れて見えない。
笑っても泣いてもいない微妙な顔つき。
その上 部屋を出ているようにと言われた
私はソワソワ…
スキマから覗く。
相談ごと?
うっすら聞こえてくる声。
「いつも〇〇ちゃんと……」
「日記の内容が……」
「差し支えなければ お尋ねしてもいいですか…」
先生は 目を潤ませているようだ…
私は昔から大勢で遊ぶのが苦手な子供だったし、1人話せる友達がいれば十分だった。
多くの子供は無邪気だ
(大人なら)それ以上言わないほうがいい、というボーダーを簡単に超えてくる。
交換日記はあけすけな私を加速させていた。
3人家族になってからの
グラグラな思いの全て綴っていた。
時々 詩や見果てぬ夢のうわ言、泣き言のようでもあったが、
先生は必ず返事をくれた。
時には 読んで泣いてしまったと書いてあったが 、そんな事が嬉しかった。
しかし 今思えば
笑い上戸で泣き上戸な先生にとって
ボーダーラインを超えてくる40人分の日記を受け止めるのは大変な事だったろう。。
先生が帰った後
何の話したのか聞く私に
父はいつものように隠さず話してくれた。
そして父が
あえてその時は言わなかった事があるのを…私は知る由もなかった。
先生の家に行く
その後しばらくして
「(いつも一緒の)〇〇ちゃんと、今度先生の家に遊びに来て」と声をかけてくれた。
大好きな先生の家に?
“特別なお誘い”に 心は浮き立った。
先生の家は
学校近くの小さなアパート。
おしゃべりをした後
「目玉焼きの作り方知ってる?」と先生が聞いて来た。
母と一緒に何かをした記憶がほとんどない。私は何も 知らなかった。
友達のお母さんは
熱心なママで 何でも一緒のイメージ。
目玉焼きと聞いて友達はお姉さん顔になっている。
私は目玉焼きができる過程に興奮していた。
この日を境に私もお姉さん顔で 目玉焼きを作るようになった。
2度目の訪問では
「今日はハンバーグを作ろうと思って買い物してきたよー」
と先生が言った。
ハンバーグと言えば
母がいない今は、レストランで食べるもの…難しそうで少し気後れ。
が、そんな私にお構いなしの先生は
「魔法の粉があるのよ」と茶色の包みを見せた。
「コレを使うと レストランのハンバーグみたいに 美味しくなるよ😉後でお楽しみね❣️」
魔法の粉?
凄いそんな物があるなんて!
「まずお肉は豚肉と牛肉を半々、これが1番美味しくて安上がり。」
「玉ねぎは キツネ色に炒めると甘ーいのよ。」
先生は手を動かしながらテンポ良く説明する。
その間も
茶包が気になって仕方ない。
「さあ〜魔法の粉の出番よ。」
甘くて お腹が空いてくる香り。
驚くほど振りかけたその魔法の粉は “ナツメグ”と言う名前だった。
先生の言った通り
振りかけた瞬間レストランのハンバーグになった。
「最後はハンバーグの真ん中におへそを作るわよ。」
食べる時気づかなかった、
本当はハンバーグにおへそがあったなんて!
先生と父の性教育
そして3度目。
何を作るのかな♪とワクワク。
だが
家に上がると
いつもと何か違う。
初めて会う先生の旦那さん。
美人で明朗快活な先生と真逆?美女と野獣みたい。
キャンディのアルバートさんのようで 温かい感じと
紅の豚のポルコを彷彿とさせる寡黙でクールな感じもある。
そして
ポルコは 赤ちゃんを抱いていた。
大好きな先生にも大好きな家族がいて
先生は誰かの奥さんで
誰かのお母さんだ
知っていたはずの事実だけど なぜかドキドキした。
いいな、と思える空気を感じながら
ちよっぴり寂しい風が吹く。
料理をする気配はなかった。
内心ガッカリであったが
手作りのクレープが用意されていた。
お店で見る薄い三角ではなく 四角い厚地のクレープ。
友達は 「四角は家でもお母さんが作るわ」と言いながら食べている。
三角しか知らない私にとって
イレギュラーな形は
より特別感を強くして
正真正銘の
“お客様”になっている自分を意識した。
いつもの台所でなく隣の部屋で食べるのも 落ち着かなかった。
クレープは美味しかったけど
ハンバーグほどではない。
料理教室に通う生徒気分は吹っとんでいた。
子供心は意外と複雑だ。
赤ちゃんを囲んで話をした後
先生がもってきた。
「面白くて良い本で、とても話題なのよ。」
私達の横に置いて、先生は台所に戻っていった。
“ぼく どこから来たの?”という本だった。
翻訳本で なんだか馴染めない。初めこそ聞き慣れた外来語も
次第によく分からない片仮名語が増えていく。途中 男女裸のイラストが包み隠さず描いてある。
恥ずかしさで赤くなった自分を感じてソワソワ、
聞き慣れないカタカナ語が、
どうもエッチな気がして
早く読み終えたい…心境。
なんとか読み終わると
先生は赤ちゃんの誕生を
リアルな出来事としてサラッと話したが
自分は何か勘違いしているようで ぼんやりと聞いていた。
家に帰って
父に聞いてみる。
「どうやって 赤ちゃんができるの?」
父は 嘘がつけない性格だ。
どんな現象を持って生まれてくるかを包み隠さず説明した。 言葉がわかりやすい分 想像はしにくく、結局ぼんやりしたままだった。
キャンプデビュー
ある日曜日
先生主催の団体キャンプに
姉と一緒に参加する事になった。
父と離れる初めての体験。
集合場所にお母さんが付き添ってきている子供もいて、泣きながらバイバイと手を振れる子が 羨ましかった。
泣き出しそうな自分にストップをかける。
キャンプ場では
たくさんの子供や大人がいた。姉は元々朗らかな性格ですぐに皆と仲良くなった。
遊んだ後はは夕飯準備。
私は言われるままに野菜を洗ったり切ったり お皿を運んだり。
先生は遠くにいて 忙しそう。
話すことはできなかったけれど
ちらっと私を見たような気がしていた。
夜のキャンプファイヤー。
点火、楽しそうに掛け声をかける先生達。
何か別世界に来たような気持ち。
初めての体験だった。
私と父の金八先生
先生は理想的な
子供との関わりについて
ー主体的どう動けるかー
いつも考えていたように思う。
交換日記で心を解放し
私は理解しようとしてくれた。
生活する事は食べる事、
食べるために作る事、
そして 人と出会って食べる事。
私が女性として大きく成長する前に
伝えたかった事。
先生が与えてくれた
ぼんやりとしていた体験は
時間の流れと共に
その輪郭をはっきり認識するようになり
同時に
先生の思いやりの深さがどれほどだったのか感じるようになった。
学校という枠組みを超える事に
沢山の迷いがあったと思うし、
行動的な反面 当たりも強かったと思う。
40人学級の当時 諸事情を抱えた生徒はたくさんいたはずだ。
しかし先生の熱量は いつも大きかった。
私も結婚し子供を持ち
時間が経つほど先生への感謝は深くなる。
私と父の心の中に
尊い先生として生き生きと映し出されるのは今も変わらない。
結婚前になんどか
当時の小学校に 先生を探しに尋ねて行ったが 分からないままだ。
いつか直接感謝を伝えたい。