自分という作品の
1番の大ファンで、
最前列で鼻息荒くして
夢中で見てるのって
紛れもなく
自分だよね。
いいと思う言葉を紡いでいる人や
自分にとって為になる発信をしてくれている人や
応援したくなる友達やインフルエンサー、
大好きだなあ、と思う人でさえも
「自分」への夢中さに比べたら、
さらーっと流れてくよ。
なんかさ、そういうもんだよね。
「自分」と「他人」って。
どれだけ頑張ったって
私にとっての「他人」は“にわか”だし、
「他人」にとっとの私は“にわか”なんだよ。
そんな「にわか」がどう言おうと、
あんまり関係ないよね。
「にわか」にどう思われようと、
1番自分を見ている自分が
自分に対してどう思うかが大事だよね
とつくづく思います。
◇
挑戦する時の怖さ、
周りの目を気にする怖さがあるって、
ある意味自分を愛してる証拠だと思う。
だってどうでもいい作品なら、
それがどんな展開だろうと
どうでもいいから。
毎エピソード
大事に大事に見てるからこそ、
次はどうなっちゃうの!?
って夢中になって心配できちゃう。
そこは、褒めてもいい気がするよ。
「自分が好き」って
本当に、初期状態だと思った。
本来みんなが抱く感情というか。
だって、この世界ってさ、
心の震えや痛みをも含む
感覚を伴う、作品鑑賞の場じゃん。
映画館の、よりリアル版みたいな。
その特別な場所で鑑賞したいと思うなんて、
よっぽどその作品が気に入ったからだとしか
考えられないよね。
今朝さ、こんな気分になったの。
ああ、私が映像だけで見ていた
このシーンの心の痛みは
こんなんだったんだ
ああ、このシーンの喜びは
こんなにも温かいものだったんだ
ああ、このシーンの
美味しそうなラーメンは
こんな味だったんだ
「客観的」に好きだった作品を
「主観的」に味わう。
それが「生きる」な気がするんだ。
と、考えたら。
やっぱり私の大ファンは、私だよ。
擦り切れるほど見た「井上媛賀」を
特別劇場で鑑賞中。
味も、匂いも、感触も、
私目線で存分味わってます。
そんな「今」なら?
どんなシーンだろうと、
常識でいう特別なことが
起ころうと起こらなかろうと
この世界で「生きる」って
とっても尊いよね。
私が私を生きているということが、
あなたがあなたを生きているということが、
もう、「自分」を心から愛していた証だよね。
◇
今日があるということは、
「人生」があるということ。
そして、
「人生」があるということは
全てがある、ということ。
どんな作品にも
その作品だけのリズムがあり
展開があり、作風がある。
だから「自分」を大事に。
最近、自分に言ってあげてる言葉。
井上媛賀、自分のリズムで。
ハイヤーストーリー、1つのリズムで。
井上媛賀、自分の視点で。
ハイヤーストーリー、「傑作」の視点で。
私が信じるのは、
ハイヤーストーリー=
みんなで紡ぐ物語。
その1ピースが「人生」であり
そのピースもまた、最高傑作。
これこそが
私の脳内そのものであり、
私が信じている世界そのものです。
ひめか.

