東北からこんばんは。
2年間お世話になった琉球大学を無事卒業し、山形の方に戻って来ました。
長いようでやはり短い。
私の学生生活もおしまいです。
せっかくですのでこの2年間について振り返って見たいと思います。
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まず、琉球大学に入学した理由。
ズバリ、"頭がバグっていたから"です。
時は4年前。
高専から大学へ編入し、夢のキャンパスライフを手に入れようと考えた僕は、地元の大学を大学を第一志望にしてガリガリと勉強しました。そして、滑りどめまで見事に落っこちたのです。
同じ学科のみんなが無事受かったのに、自分だけが落っこちてしまい僕の頭はパッカーンしました。
そんな時、2次募集でまだ受けることのできる琉球大学を見つけ、「...もう2年間遊んだるわボケェ」と思ったわけです。
同じく全て落っこちて途方に暮れていたTくんにも「沖縄行こうぜ」の一言を投げつけ、この生活の渦に引きずり込みました。
本当にこの2人は頭が悪かったので、受験前日は海水浴、シーシャ、国際通り散策という感じ。何も勉強しなかったのを覚えています。(Tくんは前日の深夜に志望動機を考えていました。)
しかし、それを上回るかのように、琉大の推薦入試はチンパンジーでもギリ受かる内容でした。
遊びたい一心で入学してしまった僕は、様々なサークルオリエンテーションに参加します。
RFC(琉球大学フォーククラブ)の新歓の場所を探している際、僕は魔窟"琉大ROCK"の存在を知ってしまうのでありました。
サークル棟に鎮座する大柄で30代に見える辮髪の男性...
よくわからんけどでかい屈強な男たち...
僕は(おっかないので近寄らんどこ...)と思ったのですが、様々な偶然が重なり7時間後には歓迎会に参加していました。
歓迎会の不思議なテンションに僕は「めっちゃ大学生やーん!」と喜び、入部を決意します。
(4月のサービス期間が終わると大学生ノリは消えます)
余談ですが、辮髪の男性はメタルの話をしていたので、めっちゃうまいんだろうなぁ...と思っていましたがギターからはピチョンピチョンした音しか出ないし、歌のテーマは母乳とかアイスクリーム売りのババアでした。
オリテで知り合ったオドくんの紹介でRiversideという外バンのギターをやったりもしました。
沖縄での初ライブはRiversideで出たセントラル。
お客さんがめっちゃ入って、手汗で手が"切手を濡らすスポンジ"みたいになったのを覚えています。
いくつかのライブに出さしてもらったのですが、結局3年後期の講義が忙しくてやめてしまいます。
...
なんとバンドをやめた途端に大学のヤマが終わってしまいます。
嘘だろってくらい暇になります。
僕はネカフェでバイトを始めたり、ROCKでコピバンをしたりして遊ぶ生活を始めます。
しかしネカフェは4ヶ月で潰れました。
僕は未だに履歴書には勤務歴を4ヶ月分しか書けません。
このあたりで、オリジナルバンドを組みたいなぁと思い始めます。
一緒に裸エプ論(裸エプロンで相対性理論をやるバンド)でリズム隊をやっていた2人に目をつけます。
しかし、ベーシストは自分が4年次に上がるタイミングで卒業してしまう学年でした。(院2年生)
なので、やっぱ無理かなぁ〜なんて思った矢先、全てが解決します。
ベーシストが留年します。
そしてオリジナルバンドgricoilsを組みます。
ここからは割と淡々とライブ、研究を行ったり来たりする生活になります。
gricoilsはわんぱくオルタナバンドをテーマに。
卒研はどこまで手を抜いたら留年するかのギリギリス!をテーマに頑張りました。
gricoilsは色々な方に気に入ってもらえたり、自分でも超納得のいくCDを作れたりして幸せな思いができたバンドになりました。
卒研は知りません。スカジャンで発表したことは覚えてます。
以上、こんな感じの2年間でした!
思った以上の散文と化してしまいました...
ノリで入学したけど後悔してない!
楽しかった、今までありがとう!
なお、次はノリでアイルランドに行く。
