■幼少期~ごく普通の気ままな子ども時代。

だったが、4歳の時の妹が生まれてから「自分は必要ない存在なんだ」という思い込みが次第に強くなりました。妹ばかりをかばう母への怒りを常に持っていました。自分が注目されたくて妹に嫌味を言う日々、母から家の外へ締め出される日々という光景を思い出します。泣き叫んでも自分の気持ちを分かってもらえず、いつしか自分への自信を失っていき、自己表現をすることも怖くなっていきました。

■小学生時代~母から「あなたの性格はわがままなんだから友達から嫌われるのよ」という言葉を言われて


その言葉を大人になってからも信じ続けるようになりました。そのため、その言葉通り人間関係でもいつも不安感があり、グループから仲間外れにされていました。父からは勉強の教材をやるように言われて、やらないと怒鳴られていました。泣きながら勉強を強いられていました。

■中学時代~テニス部に入り楽しく過ごしていたはずが、、、

友人もできて安心できる日々を過ごしていた半面、、父親への嫌悪感が募っていきました。両親が毎日のように喧嘩をするようになったからです。父は酒癖が悪く大声で毎日怒鳴っていました。母をかばって、今度は私が攻撃されるということが繰り返されていました。私は泣きすぎて目を腫らして学校へ行っていました。
私は勉強と部活に集中して、それなりには充実していました。そんな中母からは成績を上げていい高校大学に行ったらいいところに就職できると繰り返し言われ、勉強に励む。

■高校~希望する高校受験失敗し、挫折する。

頑張っても無駄だという思い込みを作ってしまう。なんとなく高校生活を送り、推薦で短期大学英語科へ行く。母が癌を患い、余命一年と告げられ「いつか母が死んでしまう、、」と苦悩していました。
 

■社会人~銀行に就職するも、自信のなさからミスを繰り返してしまう。

さらに自信をなくし、人間関係もうまくいかず激やせし当時38キロしか体重がありませんでした。その後、一年で転勤となり人間関係には恵まれましたが、やはりミスを繰り返し自分を責め退職しました。その後、結婚するまでの8年の間で、ネットワークビジネスに手を出し借金地獄となる。なんとか仕事を掛け持ちして借金返済。

■結婚~結婚後一年以内に妊娠。するとこれまで優しかった夫がしだいに暴言を吐くようになりました。

結婚式の招待状が友人から来た時の夫の言葉に驚きました。「人数合わせの招待状をもらって、行くほうが馬鹿だ」と。その言葉をなぜか信じてしまい、結婚式に行きませんでした。その後も、また友人の結婚式があったのですが、なぜか日程を忘れてしまったり、、人間関係がだんだんと切れていきました。その後、子供が大きくなるにつれ、考え方の違いでたびたび口論となりました。夫は「子供は軍隊に入れたつもりで教育すればいい」と、私はその考えが納得いかずにいました。夫は言葉通り、息子に対して優しい言葉はかけずに、口答えしたとき往復びんたをし、体を持ち上げると投げ飛ばそうとしました。慌てて止めに入りました。お酒を飲むと、暴言を吐く日々が当たり前となりました。私も心の余裕が全くなくなりました。

■離婚を決意する


私は完全に病んでいて、自分を責めるようになっていきました。
なにか、夫に注意されると納得し、口答えはしなくなりました。
「いつか、夫も元の優しい人に戻ってくれる」と、信じていました。夫は優しい顔も見せるので、それに毎回ほだされていました。
ところが、これは普通ではないのかもしれないと思うようになりました。そのきっかけは、趣味でピアノをしていましたので、その時のピアノの先生に事実を話し始めてからでした。「本当に家を出たほうがいい」と、繰り返し言ってくれました。勇気のいる決断でしたが、貯金をし、2年かけて家を出ました。

離婚後も悩まされる日々


離婚してようやく幸せが訪れるものだと信じていたのに、、、
中学生になったばかりの息子は、次第に荒れていきました。
それでも塾に懸命に通っていましたが、中三の三学期から学校を行ったり、行かなかったりするように、、高校に入学したものの、一学期でやめてしまいました。
私は息子がどうすれば立ち直れるのかずっと悩み続けました。息子との信頼関係も全くありませんでした。暴言は当たり前、息子は毎日「死にたい」と繰り返していました。私は、離婚後もたびたび夫から精神的に追い詰められるような電話をされたりと、もう八方塞がりでした。
不登校専門のカウンセリングを受けたり、自分自身もカウンセリングを受けたりと、暗中模索する日々でした。

■息子の問題より自分の問題を解決するほうが先だと気づいたことで解決へ向かう


「私は息子をなんとかしてあげなければいけない」という思いにとらわれていて、自分のことは後回しでした。
そのことが、かえって息子の精神状態によくないということは全く思いませんでした。
息子の不登校、反抗期をきっかけにして私は自分を大切にすることがどういうことなのかを考え始めました。
自分を優先することをはじめ、次第に息子も元気になっていきました。
 

■自分の生き方を考え始める


息子に手がかからなくなったと同時に、今度は自分自身の生き方をあらためて考えるようになりました。
私はどういう生き方をしていきたいのかと。
と同時にこれまで自分自身の女性性を否定して生きてきたことに気づかされました。
例えばこんな感じです。
✅人と競争して勝たなければならない
✅自立しなければならない
✅人を頼ってはいけない
✅女性らしくてはいけない
✅笑顔でいることに抵抗感がある
✅稼がなければならない

本当の私は
☑人と競争したくない
☑誰かを頼りたい
☑女性らしくありたい(見た目も、外見も)
☑笑顔でありたい
☑人にやさしくありたい
☑無理に稼ごうと思わなくてもお金が入ってきてほしい

こんな願望をもっていました。

■現在


環境の大切さを知り、関わる人、場所、にこだわるようになりました。自分の未来を現実化することにつながっているものを選択できるようになりました。
まだまだ、スタート地点にようやく立とうとしているところですが、日々充実しています。
多くの成功者、経営者と関わる機会を増やし、これまでの培った経験を多くの女性の不安、悩みを解消するために、マニュアル化し誰でも自分を取り戻し、女性らしくありのままで幸せを手に入れられるようにサポートし、メッセージをお伝えしていこうと思っています。